「あの子たちって、クマさんの子供でしょ?」
縄でグルグル巻きにされた、キョーちゃんが指差す本棚には確かに家族写真が置いてあった。微笑む女性が奥さんの浩巳さんで、その隣で口角すら上げずに写っているサングラス男がクマさんだろう。いや、絶対。
そして、子供が三人。全員お母さんと肩を寄せ合っている。
直立不動のお父さんが虚しい。
「あぁ、そうだ。それは“仮想世界”で遊園地に行った時のものだ」
ちらりと写真に目をやってから答える。
「へぇ~、“仮想世界”って何? 今、みんなはどうしてるの?」
見られてしまっては仕方がない、そう呟いたクマさんはさらに低い声で続けた。
「みんなアイツに殺されたんだ。私は国民の代表でありながら、家族の一人も守ることができなかった」
言葉には悔しさが滲み、握られた拳は小刻みに震えていた。
その時、僕らはハッとなった。
僕もキョーちゃんも忘れかけていたのだ。
自分たちは選ばれた存在であるを。
国を創るという重い責任を背負っていることを。
この家族の笑顔が、もう二度と戻って来ないという現実を―
「…」
決してキョーちゃんに悪気があったわけでない。
僕たちはクマさんの表情を見て、改めて身を引き締めたのだった。
「少し話してやってもいいぞ」
しばらくして、僕らはクマさんにサングラスを外そうとしたことを謝った。もちろん、すぐに許してくれたわけではないが、今はこうして三人で木の板を囲み、クマさんが淹れてくれた『緑茶』というものを飲んでいる。初めて飲む気がするが、不思議と心が落ち着く。
こんな時にお尻が冷たいです、なんていえない。
「お子さんのことですか?」
クマさんお手製の『湯呑』を板に置いて聞き返す。石を削って作ったらしい。
「あぁ」
少しは気を許してくれそうだ―そう思った直後、また彼女がやってくれた。
「ちょっと待って、クマさん! 子供さんの話の前に、奥さんとの出会いを聞かせてくれない?」
「何を言ってるのだ? お前は」
直後、その表情が曇る。動揺というよりは何かに怯えているようだっだ。
「クマさんが教えてくれるなら、私たちのことも教えてあげるから!」
いや…僕、何も聞かされてないんですけど~!
彼女の暴走が始まった。
「フッ、よかろう…私も少しばかりではあるが、島で唯一の恋人同士であるお前たちには興味がある」
意外だった。クマさんがこんなことで頬を緩ませたこと、僕たちに興味を抱いていたことが。
そして、僕はどこか安心した。
「じゃあ、さっそく聞かせて! クマさん」
飲み終わった『湯呑』を置いたキョーちゃんが、好奇の目で正面の彼を見つめている。
「あれは十二年前のことだ」
ひび割れた窓の外から覗く夕日は傾き始めていた。
クマさんが夕闇に溶け込むような声で、ゆっくりと語り始める―
―See You Next