DAY FINAL 夢から覚めたら…

 

 ハリセンさんが言うには浴場は男女で分かれていて、一緒には入れなんだって。

「脱衣所で服を脱いで、その奥の扉を開いたら浴場があるから。湯船からあがったら、用意されたやつに着替えてね」

 ココロがその理由を尋ねたら、何故か早口で業務連絡が始まる。

 その後、急に顔を赤くしてリッキーの手を握ったまま『男湯』って書いてあるほうに、すっ飛んでいった。

「ねぇ、彩華さん。この布って持ってったほうがいいの?」

 服は脱いだけど、大浴場の入り方なんて知らない。

「周り見たら、体に巻いたり巻いてなかったりしてるけど…私は巻かないわ。洗う時、邪魔になるし」

「そっか。私は巻いてこ」

 見られるの恥ずかしいし。

「アタシはこんなのい~らない!」

 ココロはそう言うと思った。

「裸で燥がないで…今度、迷子になったら置いてくわよ?」

 一人で走り出したところを彩華さんがすかさず制止。捜す身にもなってほしいよね。

「行くわよ、潤美。お湯に浸かる時は必ず布取って入るんだって」

「ちょっ…誰かこれの巻き方教えて」

 結局、うまく巻けないまま走ってこけそうになった。

 

 扉を開くと視界が煙で覆われた。

 優しく流れるお湯の音で体の力が抜けていく。

 石畳の心地良い空間に大勢が集い、各々が寛ぎの時を過ごしていた。

「まず体を綺麗にしてから浸かりましょう」

「体ってどんなふうに洗うの?」

「『お風呂』ってのに入ってた記憶があるから、私を見ながら真似してみて」

「分かった」

 昔は日本でも毎日お湯に浸かって体を休める習慣があったんだって。その大きいのが、こういうとこらしいけど…やっぱ、人前で裸でいるのは恥ずかしい。

「ココロは私が洗ってあげようか?」

 彩華さんが悪戯っぽく笑ってみせる。

「一人で洗えるもん!」

 ムキになって反論したココロが、

「うわっ!?」

 急に大声を出して後ろに仰け反った。

「ちょっと危ないってば!」

 私が受け止めたから良かったものの、一歩間違えば大怪我だったに違いない。

「ごめん…でも、だって目の前に自分の顔が…」

「は?」

 興奮気味に指差すその先に私の顔も映っていた。

「ホントだ! 何これ」

「これは『鏡』よ。実物を反転させた像を映し出すことができるの」

「なんか知んないけどすごいね」

「もう一人の自分かと思った」

「さっ、早く洗って浸かりましょ。めちゃくちゃ気持ち良いから」

 言われた通り、彩華さんの真似をする。

 液体を手に取り手の中でなじませると、白いもこもこしたものが膨らんで甘い香りを漂わせる。

 腕につけて、そのまま沿わせるようにゆっくり洗っていく。少しくすぐったいような不思議な感覚になりながら、気づいたら全身もこもこに。

 立ち上がってお湯をかぶった時、液体が目に染みて痛かった。

「二人とも洗い終わったら、浸かりましょ」

「おっさき~!」

 彩華さんが声を掛けた時にはココロが私の前を歩いてて、煙の中に消えていった。

 私たちが珍しいのは知ってるけど、まだこの視線には慣れない。敵意じゃないのは分かってるけど。

 でも、お湯に浸かるってこんなに気持ちの良いことだとは思わなかった。

 無人島に帰っても毎日入りたいな――目を閉じながら、そんなことが過ぎる。

 そして束の間の休息は、子供たちの襲来で本当に束の間で終わることなった。

 「お姉ちゃんだ~!」

 向こう側から走ってきたのは見知らぬ六人の子供たち。

「あ」

「どうかした? ココロのほう見てるけど」

「いや~、ちょっと忘れてたんだけど…まさかここで会うとはね」

「知り合い?」

「うん、まぁ…とりあえず、ごめん」

 急に歯切れ悪くなったし、意味分かんない。

 子供たちの声が近づいてきてようやく危機を察した。

 波のように押し寄せてきた子供たちは、私たちの浸かっている湯船に来たかと思うと、そのままココロに張り付いた。

 間に会わなかった二人は私に、一人はタイミングがずれて彩華さんの隣に座ってた。

「ちょっ…重たい重たい!! 溺れちゃうから!!!」

「うヴぁび、ごのぼばがびで(潤美、この子剥がして)」

 こっちも助けてほしいんだけど、前が見えてアンタよりマシか。

「って、ちょっと…! 変なこと触んなんで…!! んっ…♡」

 変な声出ちゃった。

「お願いだからやめてってば! そこもだめぇ! ちょっとココロ、どうにかしてよっ!!!」

「あはははははっ!! くすぐったい…ちょっと待っ…あはははっ!!! 息できないよ!!!」

 いや、何で楽しそうなの!? 私がおかしいのこれ?

 何でか飛びつかれてさ、それだけでもびっくりしてるのに…何この状況?

 この子たちも遊びたいだけだろうから、強く言えないしな~。

「あ~あ、苦しい。もう勘弁して…あはははははっ!!」

 ココロは、ずっとこんな調子だし。

「じゃあ、ここは?」

「だから、やめっ…!」

「さっきから、何やってんのよ…あなた達?」

『うわあっ!?』

 私たちの声に気がついた彩華さんが子供たちを離してくれた。巻き取られた子供たちは相手をしてもらえてなんだか楽しそう。これじゃあ、さっきまでと変わんないじゃん。

「いい? 女性のデリケートな部分を無暗に触っちゃダメよ!」

 ため息交じりに諭す彩華さんに

「どうして、触っちゃいけないの?」

 まさかの筆問が飛ぶ。

「そうね…うまく説明できないけど、何とも言えない感触で気持ち悪いの」

「それって、どんな感じ?」

 子供たちの好奇心は恐ろしい。逆さづりのまま質問は続く。

「えっと…」

「もうやめようよ。お姉ちゃんたち嫌がってるじゃん」

 気弱そうな黒髪の男の子が、彩華さんに隠れながら告げる。

「嫌なの?」

 男の子たちは少しの間きょとんとしてたけど、

『ごめんなさい』

 声を揃えて謝ってくれた。

「お姉ちゃんたちって、おっぱい小っちゃいよね」

 でも、反省していないことはすぐに分かった。

 別れ際にすごい爆弾投げられても、うまく躱せるはずがない。散々触っといて、そういうこと言う!?

「えっ? そうかな~…年相応だと思うけど」

 というか、あんま見ないでよ。

「アタシの方が大きいもん」

「あんま変わんないでしょ?」

「絶対大きいもん。ほら、ちゃんと見て!」

 結構です。ごめんなさい。この話をこれ以上膨らませないでください。お願いします。

「背の高いおばさんは少し大きいかな」

 それは言っちゃダメだって。

「あなたたち、今『おばさん』って言った?」

「ん?」

 この子たちも懲りないな~。

「早くお母さんとこ行って!」

「私はまだ29よ! 謝りなさいっ!!」

 怒った彩華さんは突然あの姿に。

 今度は逆さづりじゃ済まない。

「わ~、またおばさんが怒った~!!」

 喜んでる場合か!!

「落ち着いて、彩華さん…今の姿ホント怖いから!!」

 裸だってこと忘れないで!

 数分後、ココロの能力で怒りは静まった。

 事態に気づいた子供たちのお母さんたちが謝って一件落着。

 乙姫を待たせていることを思い出して、私とココロは先に上がることに。

 ゆっくりできたかと言われれば微妙だけど気持ち良かった。

 体を拭いてから、棚においてあった服に袖を通す。

 白を基調とした上半身にヒラヒラした長丈の布を腰まで上げる。

 頭に付ける輪っかと、龍の角みたいなその飾りも可愛い。

「こんな服初めて見たね~。触り心地いいし、ゆったりしてて着やすい」

「確かにね。てかアンタ、一人で着替え出来たんだ」

 クルクルと体を回して見せびらかしてくる。

「子ども扱いしないで。着替えくらいできるもん!! そんなこと言うなら置いてくもんね~」

「ちょっと待って! 髪型決まらないだって!!」

 大勢で食事するなら、ちゃんとした格好したい。

 結局、彩華さんと一緒に大浴場を出ることに。

「なんかこれ目立つわね」

「少し気にはなるけど、こういうのもいいと思います」

 リッキーたちが出てこないけど、乙姫のところに急ごう。

「彩華さん、実は…」

 乙姫と出会ったことを打ち明けて、ココロの後を追った。

   乙姫と出会った場所に着いた時には、まだ龍の姿のままで彼女は煮え切らない表情だった。

「私は子供たちに合わせる顔がありません」

 ココロが説得しても、なかなかついてきてくれそうにない。

 そこで、歩み寄ったのは彩華さんだった。

「乙姫様は本当にお子さんと会いたくはないのですか?」

「そういうわけではありませんが、私がどれだけあの子たちに悲しい思いを…」

「姫様がいなければ海民(かいみん)の皆さんはここにいません。お辛いことがありながらも懸命に育ててこられたお子様たちに一番会いたいのはあなたではないのですか」

「でも…」

 乙姫の表情は変わらない。

「そもそも、あなたの顔を覚えてる方は少ないんじゃないですか? どうしても気になるようでしたら、私たちに紛れるために人間の姿になられたら…」

「なるほど、その発想はありませんでした。それならバレないかも」

 海民たちのまえで変身するって発想はなかったみたい。

 少し悩む仕草を見せてから乙姫は、ゆっくり告げる。

「わかりました。私も一緒に会場へ連れて行ってください」

 乙姫の全身を白い光が包み込んだのは、それからすぐのこと。

 路地の間から漏れ出すほどの強い光の中から、長身で青い髪の女性が現れた。キリッとした金の瞳が印象的で、シュッとした顔立ちがとっても綺麗。

 一気に背筋がピンとなった。

「乙姫って、おっぱい大き…ぶめ゛!?」

 そして、凍った。

「アンタ、バカなの!? いきなり失礼でしょ!!」

「アタシは思ったこと言っただけだよ! こっちがびっくりして息止まったじゃん。首折れたかと思ったよ!!!」

「何でも言えばいいってもんじゃないでしょ!!」

 あの状況で手加減できるわけない。一秒でも早く口を塞がなくちゃいけなかったから。

「謝りなさい、ココロ」

「彩華さんまで…」

 振り向いた彩華さんに明らかに怯えてる。

「喧嘩はやめてください」

 ココロを守るように割って入る乙姫。

「私は気にしませんから」

 小さくな声で告げた後、視線はそのまま胸元に。

「それに、その…皆さんが驚かれるほど立派なモノではないと思いますけど」

 ちょっと何言ってるか分からなかった。

『いやいや、何を仰いますか』

 相違ない私たちの意見に、ハッとする乙姫は可愛い。

 改めて自己紹介を済ませ、宴会場のある二階へ下りていく。

 

 数分前――男湯サイド

 首まで浸かれば何も聞こえない。

「力也君、大丈夫?」

 ハリセンさんの声がお湯に溶けて微かに届く。

「お構いなく。俺、今一人の世界にいるので」 

 女子たちの声ってこんなに聞こえんのか?

 めっちゃ楽しそう。

 でも、聞いちゃいけない声聞こえたな。

「なんか沈んでいってるよ」

「ばりべんばんば、べつぼんばべてどぅんでふか?」

「もう何言ってるのか、一言も聞き取れないよ?」

 なんでアイツの顔が浮かぶんだ?

 別の話で紛らわすか。

「いや、だから結婚してるのかなー、って」

「僕が? してるよ」

 ・・・・・・・・・・・。

「うん…真顔で長めの沈黙やめて。それとも、かけ流しの音で聞こえなかった?」

「すんません、すごく驚いて」

「だとしても、沈黙はやめて…でも、何で急にそんなことを?」

 俺も分からん。

「いや、結婚ってどんなもんかなーって思って」

「好きな人いるの?」

「いるわけねーじゃねーッスか!」

「なんか急に距離とったね」

「いや、別に…ココロのこととか別に? だって、あんな自分勝手な奴…意外と相性良さそうとかは全然思ってなくて」

「すごい好きことは分かったけど、ココロさんに聞こえてるかもよ?」

「えっ? あー…ところで『結婚』って何?」

「えっ、怖っ。急に怖い…本気で言ってる?」

 

*

 

 そこは別世界だった。

 通された部屋の天井には光の粒の塊がいっぱい吊るされてた。

 笑顔で迎えてくれるその周りには見たことがない料理がたくさん。

「お姉ちゃんたち、こっちこっち!」

 また子供たちに遭ってしまった。

「先ほどは、本当に息子たちが失礼を」

「もういいですって。潤美もそんな顔しないの!」

 アンタは楽しんでたもんね。

 悪い子たちじゃないけど、まだ仲良くなれる気がしない。

「食事の後のお楽しみもありますので、ゆっくり楽しんでいってください」

 親子に手を引かれ、言われるがまま四人掛けの席につく。いつの間にか親子たちに囲まれて、私たちの食事が始まった。周りの視線が気になって食べにくい。

「これ何?」

 肉料理・卵料理や野菜をふんだんに使った品々が並ぶ前の方を眺めている時、ココロの声でハッとなる。

 横で何かをじっと眺めるココロがいた。

 確かにこの2本の銀色のものは何に使うのかな? 武器にも見える。

「それはナイフとフォークですよ」

 真似をしたら赤髪の子のお母さんに笑われちゃった。食べる時に使う道具だって 。

 大皿から取り分けてくれたものは見ているだけで綺麗だった。不思議と食欲が湧いてくる。

 見よう見まねでフォークを使って肉を口に運ぶ。

 口に広がる肉汁と複雑な味のタレが絡み合って、飲み込みたくないほどに美味しい。味覚が戻って本当に良かった。

「ちゃんと座って食べなさい!」

 彩華さんの声のする方を振り向くと、ココロが腰を浮かせて米の上に乗った卵を驚異の吸引力で吸い上げていた。

「何このトロトロ?」

「オムライスですね。ご飯と一緒に食べれば、もっと美味しいですよ。スプーンをどうぞ。これですくってみてください」

 渡されて子供たちを見ながら口に運んだ心から

「ん~~~~~~~~!!!!!」

 声にならない叫びが爆発する。気持ちは分かる。私も今、口の中が幸せだから。

「そういえば、力也はどこいったの?」

 彩華さんが器用にフォークに巻きつけていたのは『クリームパスタ』。細長いのがクルクルと巻き取られていく様子が踊ってるみたいで面白い。

「確かに遅いね」

「あ~、ごめんごめん。道に迷わなかった?」

 慌てて走ってきたのはハリセンさん。

「あぁ。医務室からそんなに遠くなかったし、開けた場所の正面に扉があったからすぐに分かったよ」

 乙姫がいたあの状況には好都合だったかも。

「それなら良かった。実はよほど気持ち良かったのか大浴場で力也君が倒れちゃってさ」

「えっ…? のんびり食べてる場合じゃないよ!」

「リッキーなら大丈夫っしょ?」

「私もそう思うわ」

「冷たくない?」

「僕も静かに寝かせておいてあげたほうがいいと思うよ」

「ハリセンさんがそう言うなら」

(ココロさんのこと話してたらのぼせちゃった、とか言えるわけないし)

 なんか様子おかしいけど、まぁいいや。

 あれ、乙姫もいない。一緒に入ってきたのにな。

「ココロ、アンタ乙姫知らない?」

「机の下」

「テーブルの下に誰かいるのかい?」

「あぁ、こっちの話だから気にしないで」

 いや『何で分かったの~?』みたいな顔してるけけど…私たちからしたら姫様のほうが不思議ですよ?

「いいからこっち来て」

 小声で手招きしても首を横に振るだけ。しかも、すごく激しく。

「宴は楽しんでくれておるかの?」

 宴会場に響いた長カメさんの声。

「あいっ!?」

 驚いて頭をぶつけた乙姫には気づかず、手を止める。

「見て見てあれ!!」

 立ち上がって指差すココロにつられて振り向いた、入り口近くの舞台には三人の人魚さんが並んでた。

 左から水色の髪を束ねた黒い服、桃色の髪に合わせた優しい色合いの服、青い髪に青服の背びれが綺麗なお姉さん。

 うまく言えないけど、とにかくみんなキラキラに見えた。

 「これより、海底を侵入者から救ってくれた救世主に感謝と歓迎のダンスを披露したい。少しでも癒されてくれたら嬉しいぞ」

 長カメさんがお辞儀した後会場のどこからか音が流れてきた。それに合わせて三人がゆっくりと動き始める。

 長い手足を活かしたしなやか動きに惹きつけられ、時折見えるキリッとした横顔にハッとする。他にも込み上がる感情はあるけれど、一言ではまとめられない。

 息をすることも忘れて、じっと眺めていた。

 それは他の仲間も一緒。

 この時ばかりは隠れるのも忘れて、乙姫も目を輝かせていた。

 楽しい時間はあっという間に過ぎて、お腹も心も満たされた私たちはだ大浴場と同じ塔にある客間へ。

 先にリッキーが寝てるのを見て一安心。

 近くにあったふかふかの寝床に飛び込んだ。

「ドタバタしないで!」

 遠くで彩華さんの声がした。

「まぁ、今日は疲れただろうし、ゆっくり休みなよ」 

「うん」

 ふかふかに吸い込まれそうな感覚の中、曖昧な返事を返す。

「それで明日は…」

 明日?

 その時、ふと過ぎった。

 一気に目が覚める。

「ねぇ、私たちって海底に来てどのくらい経つの?」

 座ってハリセンさんに聞きながら、声が震えてる自覚はあった。

 それを察したのか、ハリセンさんが眉をひそめて見つめ返す。私がかえって不安を煽ってしまったことは言うまでもない。

「一日だよ。地上では三日経ってるけどね」

 でも、それは一瞬で。

 答えを返してくれたハリセンさんの表情は明るかった。

「三日も!?」 

 予想以上だ。

「ごめん、ハリセンさん。私たち帰らなきゃ」

「分かった」

 寝床から下りて伝えると、すぐに頷いてくれた。

 長カメさんに挨拶を済ませ、5匹のお孫ちゃんに地上まで送ってもらうことに。

「本当に要らんのか? 玉手箱」

 帰り際にしつこく勧められたけど、怪しい箱に見えたから受け取らなかった。

「バタバタさせてごめんね。美味しいものたくさんありがとう」

「本当に急じゃったな。ゆっくりしていってほしかったが、仲間待っておるのなら仕方ない」

「ありがとね。はじめてのこともたくさんで楽しかったよ。それと…孫カメちゃん、もっとおじいちゃんに寄ってくれる?」

「え?」

「何じゃ?」

「さっき案内してくれた部屋に乙姫が寝てるから、あとは頼んだよ」

 不思議そうに目をぱちくりさせる長カメさんに耳打ちする。

「何…じゃと~~!?」

「ちょっと声大きいってば!!」

 まぁ、当然の反応だよね。

 乙姫には悪いけど何も言わずに出てきちゃった。

「それじゃ、私たちは行くね!」

「って、ちょっと待って潤美…子供たちが離れてくんないだけど!」

「ちゃんとお別れしてあげなよ。さっき行ってるから」

「置いてかないでよぉ!!」

「置いてかないよ~」

 ココロの顔が左右に引っ張られて面白いことになってる。この光景しばらくみてたいな。

「最後の最後まで、すみません」

 お母さんたちいるし、心配ないね。

「彩華さん、いいですね?」

「いつでもいいわよ? この子すごいお利口さんだし」

「じゃあ、リッキーは傑くん落ちないようにしてね」

「おおよっ!」

 不安だけど仕方ない。

 私たちは海底のみんなに別れを告げ、地上へ急ぐ。

 しばらく進むと暗闇を抜けたことを知らせるかように射す白い光を発見。

 少し息苦しくなってきた。

 そのまま誘われるように奥へと入っていくと、確かにそこだけハッキリと色が違う。

「何これ!?」

  降り注ぐ光の中へ突入して上を見上げると、反射したそれに身を任せるように、海面がゆったりと波打っていた。

「あの時のお姉さんたちみたいだね」

「そうね」

 ココロの言うとおり、その光景は人魚さんたちの踊りを連想させた。

 それだけじゃない。

 その周りに時折射し込む小さな煌めきは子供たち。

 そんな思い出に浸りながら、私たちは光に吸い込まれていく。

 

 ――今の誰の顔だっけ?

 

*

 

 まだ、海の中にいるんだ――気がついた時最初にそう思った。

 海底にいる時と同じで息苦しくもない。

 違ったのは開いた目の前の世界が緑一色だったことと、浮いてる感覚。

「ようやく目覚めたか…吉原潤美」

 小さく聞き覚えのある声がして、初めて状況の把握に脳が活動を始める。

 振り返って、透明の板越しに見えたのは黒い服の男の人。白髪が混じって反射はしていても、あの顔はクマさんで間違いない。そうだ、あの顔はこの人だったんだ。

 無言で私のほうに近づいてくる。

 緑色の液体に浮かんでいる私は筒状の容器に閉じ込められていて、全裸だった。

 ガコンッ!!

 クマさんが何かを操作すると、音と一緒に足元に四つの小さな穴が開いて体を覆ってた液体がみるみる吸い込まれていく。

 その直後には薄い筒状の板に亀裂が入って四方に静かな音を立てながら、ゆっくりと地面に向かって下がっていった。

「まったく、いつまで寝ているつもりだ?」

「なんでいつも起きたら裸なの?」

 半分無意識の中で会話が成り立つはずもない。

 歩き方も自信なかったし。

 そんな私の第一声に眉間にしわを寄せながら、

「服が汚れるからだ」

 クマさんが短く答える。

 なんか不機嫌そうに見えたけど、これがいつもの顔だったことを思い出した。

「安心しろ、脱がしたのは女性職員だ。早くこれを着ろ」

 胸を手で隠す私に呆れながら、クマさんが投げてきたのは中央に赤いボタンのある白い球。

 受け取ろうと手を伸ばした。

 でも、クマさんにその気はなかったらしい。

 その証拠に私の手の届かない遥か頭上にそれは放たれ、

《吉原潤美の身体データを取得します》

 機械の声でいきなり喋り始めた。

《計測完了。スーツを生成します》

 見上げた時には体が幾つもの赤い光の輪に包まれてた。さっきまであった白い球は消えていたから、形を変えて何かになったことはすぐに予想できた。

《実装完了しました》

 体が締め付けられる感触とともに視界が開けていく。

「これは?」

「現代の普段着兼戦闘用スーツだ」

「カッコ悪くない? 全身真っ白で」

「全身タイツをモデルにしたからな。色は選べるぞ」

 ちょっと何言ってるか分かんないんだけど…それよりさ、

「ピッチピチで体の線が丸見えなんだけど!! 裸と変わらないと思うんだけど!?」

「では、ずっと裸でいるか? 胸元のボタンですぐに着脱可能だ」

「嫌だ!」

 この人、眉一つ動かさないで凄いこと言うな。

「じゃあ、どうしろというのだ? 素材は安価だが、その分、伸縮性に優れていて能力発動時には自動的に力を底上げする。体型に合わせて生成されいるのだから窮屈というのはありない。サイズも成長に合わせてその都度、アップデートされるからな。要は慣れていないだけだ」

「あー、うるさい!」

「それはお前だ」

 起きたばっかでもう疲れてきた。

 この人に勝てる気もしないし、勝とうとも思わない。

「私が悪かったです。取り乱してごめんなさい」

 反省はしてないけど謝っとく

「分かれば良い。まったく二十年ぶりに目覚めた割に元気すぎるのではないか?」

「二十年?」

「そう、現在は西暦2180年。お前は今日までずっと眠っていたのだ」

 信じられなかったけど、クマさんが白髪なのは揺るがぬ証拠だった。

「体に違和感はないか?」

 背が伸びてることに言われるまで気づかなかった。

 それによく見ると、私の周りはたくさんの機械と配線に囲まれている。

 灰色の壁で薄暗いせいか、画面や点滅する光がすごく眩しい。

「ここは私の研究所だ」

 私から離れて何かのボタンを押したクマさん。

 そこに映し出された映像を見て、ようやく目が覚めた気がした。

「奴らと合流してもらう前に真実を話そう。そこに座れ」

 見覚えのある顔にホッとした。みんな生きてる。

 でも、温もりかけた心に容赦なく冷気が吹き込む感覚があった。

 

 クマさんの話をは長いから、私なりにまとめてみる。

 まずは私たちのチームのこと。

 孫カメちゃんたちに送ってもらったはずの私たちは、元の服のまま海岸で倒れててここに運ばれたみたい。そのまま体力も栄養も損なうことのない特殊な液体の中で成長することに。

 そんな中、三年目で最初に目覚めたのはココロ。次いで8年目に彩華さん、十年経って傑君が目覚める。リッキーはそれから五年後だから、私が寝すぎてたことになる。気づいたら三十四歳なんてビックリだよ。

 おばさんたちの集団を壊滅させた後にも他国から三度の襲撃を乗り越え、そこで得た技術(スキル)を基に建物の建設や資源が生み出されていったんだって。それでも、復興したのは四割程度って言ってた。今も人口は減り続けてるみたい。

 次にクマさんの研究で判明したこと。これが一番衝撃的だった。

 あの“パピロン”の正体はキョーちゃんのお母さんだったの。

 紅葉(もみじ)さんは、クマさんも参加していた“不死の薬”の開発チームに民間からの医療アドバイザーとして派遣されたんだって。

 このチームは結果を求めるあまり、動物実験もそこそこに未完成の薬を人間に投与することに。そこで白羽の矢が立たのが研究に異論を唱えたこともあり、身内に影響の出ない彼女。

 その結果は予想を超えて悲惨だったって。

 薬を投与された紅葉さんの体は細胞レベルで破壊され、異常をきたした末にあの生物に生まれ変わったらしいの。

 彼女はこの研究における被害者で、人間の体など数百年では高度な科学に適応などできない――その言葉は妙に重みを感じた。

 それを見ていたクマさんは、壊滅直前の自分の記憶が改ざんされていると知っても驚きはなく、むしろ安心したって言ってたよ。

 あれは『予言』ではなく『予告』――意思のない浮遊生物となってしまった紅葉さんにも純粋な怒りがあったことに。

 嬉しかったのは壊滅した後、日本人は死んでなくてパピロン”の記憶の中に閉じ込められているって事実。

 脳を傷つけずにうまく戦えば、紅葉さんの人格も蘇らせることが可能かもしれないっ――てことで話は終わった。

 

 竜宮城での話をすると鼻で笑われてムカついた。

「奴との決戦は一週間後だ。しっかり鍛えておけ。皆、三度目の正直だと意気込んでいたからな」

「わかったよ」

 研究所の扉を開けながら、投げやりに答えた。

「それと、一つ伝言だ」

「何?」

 しつこい。

「山吹傑からだ」

「え?」

 息が止まった。

 感情が溢れそうだった。

 

 ――目が覚めたら会いに来てほしい。ずっと待ってるから。

 

 私も会いに行こうって思ってたから。

「それ先言ってよね!」

「何故だ?」

「もういい!」

 こうしてる時間ももったいない。

「ここから十キロ先のトレーニング施設兼合宿所に全員いるぞ。青色の建物だ」

 返事も返さずに私は駆けた。

 頭の中は傑君でいっぱい。

 おばさんと戦った後の優しい温もりが今もまだ残ってる。

 

 目に飛び込んでくるものすべてが初めてで、言葉は知っていても想像とは全く違った。

 道路に出た時に見上げた街並みは、とにかく人がいっぱいで建物が押し寄せてくるような圧迫感があった。

「ここかな?」

 途中、車に轢かれそうになりながら辿り着いた建物は確かに青かった。これに間違いないと思うんだけど、想像とずいぶん違う。

 正方形で背は低くて入口があるだけ。

 さっき見た街並みとは別世界。

「おわっ!?」

 自動で開く扉の先には道具がいっぱい並んでて、そこでみんながそれぞれ運動してた。

「傑く…」

「潤美だよな!?」

 見つけて呼ぼうとした途中で呼び止められた。

「もぉ~、姫ちゃんはお寝坊さんだな~」

 振り返るとオレンジ髪の男性と赤い縁の眼鏡をか女性が笑顔で立っていた。

「覚えてるか? 僕たちのこと?」

「進くん、キョーちゃん!」

 背や髪型は変わってるけど、雰囲気は当時のまま。

 この二人を忘れるはずないけど、その間に知らない子がいた。

「この子は?」

 キョーちゃんの肩より少し低い背のその子は、オレンジ髪の長髪で頬にそばかすがあった。

「この子は和架葉(わかば)。僕たちの娘だよ」

「『わっちゃん』って呼んであげて」

「その呼び方やめて、母さん!」

「え~」

 鋭い目つきで睨まれて不満そうなキョーちゃんを余所に

「初めまして潤美さん。町田和架葉です。十二歳になりました」

 傍まで来て丁寧に挨拶してくれた。

「私の名前知ってるんだ。よろしくね、和架葉ちゃん!」

『おかえり、潤美!』

 気づいたみんなが温かく出迎えてくれて、改めて生きてるって思った。生きてて良かったって思った。

 そして、かつての仲間たちには、たくさんの子供がいてビックリ。

 その夜、進くんから聞いた話では敵襲が落ち着いた頃に

「想い人同士は男女問わず、二人で暮らすことを勧める。強制ではないが、子供を持つこともいい経験になるだろう」

 クマさんからこんな話があって、グループは解散したらしい。

 いや~、その頃に戻って目覚めたい。

 哲は茜さんと、彩華さんは米屋さんって人と結婚してた。

 ターザンさんは元々結婚してて、お嫁さんも見つかったんだってさ。

 まぁ、一番お似合いだと思ったのはリッキーとココロだったな。

 

 みんなで過ごす時間はあっという間で、ようやくこのスーツにも慣れてきた。

 理想の再会とは違ったけど、傑君との距離もいい感じ。

 そういえば、子供ってどうやって産むのかな?

 そういうこともゆっくり考えればいっか。この先もずっと日々は続いていくんだから。

 ここにいる全員で、この大切な時間を守ってみせる。

 絶対に終わらせないんだから――

「行くよ、みんな!」

 進くんの合図で臨戦態勢に入る。

「おう!」

 あれから一週間後、見慣れた海岸に私たちは立っていた。

《何度やっても同じことだロン!》

 目の前の怪物を倒すために――いや、過ちのない明るい明日(みらい)へ進む為に私たちは立ち向かう。

 その想いがあれば、何度でもやり直せると信じて。

-END-

スマホからこんにちは!

荒木テルと申します。小説家志望の29歳です。

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03.12