ある寒い夜のこと。
「スー君、起きてる?」
みんなが寝静まったあと、横で寝ていたキョーちゃんが呼びかけてきた。
「どうしたの?」
虚ろな視界の中で彼女をようやく捉える。
「なんか寒くて寝つけなくてさ…お空眺めてたらすごいの見つけたの!」
「いや、空を眺めてる方がよっぽど寒いと思うけどね。奥村さんに火を借りて…」
小さいながらも弾む声で訴えてきた彼女は、意外にも冷静だった。
「だって、ターザンさんは爆睡中だもん」
「起こせばい…」
「嫌っ! いっつも寝起きは不機嫌なんだよ」
僕の言葉を遮って、拗ねたように訴えるキョーちゃん。
いや、知らん。
子供な彼女に呆れていると、
「ねぇ、早く一緒に見ようよ!」
いきなり鼻を思いきり引っ張ってきた。
「痛っ! 痛いよ、キョーちゃん!!」
「あっ、ごめん…手と間違ったみたい」
「いや、それはおかしいでしょ?」
「暗くて判んなかったもん」
―じゃあ、何で僕が寝てる場所が判ったの?
尋ねる前に彼女がわざと犯(や)ったのだと確信できた。
「鼻、真っ赤だね」
僕の鼻を指差して、キョーちゃんは笑う。
どの感覚も忘れているというわけではないのだから、痛むのは当然だ。それにしても痛すぎる。どれだけ興奮したら人はあんな力が出せるのだろうか?
「あのちっちゃな光るやつって、なんだったっけ?」
そう言って、隣の確信犯は夜空を指差す。
「何だったっけ?」
促されて見上げたそこには、確かに銀に光り輝く小さな結晶が見えた。この島に来て初めての光景だ。
だが、僕にはそれよりも気になることがあった。
「キョーちゃんさ、寒くないの?」
「ううん、全然寒くないよ。なんか、あれ見てると温かい気持ちになるの」
いつになく大人びた彼女の笑顔に、思わず顔を逸らしてしまう。その時、頬に僅かな冷たさを感じた。
「これって…」
「『雪』だよ!『雪』!!」
キョーちゃんのテンションが戻った。さっきの笑顔も好きだけれど、やっぱり無邪気な方が彼女らしい。
「空から降るのって『雨』だけじゃなかったんだね」
「そうだよ! 冷たいけど、いっぱい集まるとふわふわしてて気持ちいいんだよ」
ほら、立ち上がってキョーちゃんは何かを掬うように手を出した。
僕はそこに手を添える。今思えば、あれは無意識だった。見つめるその表情に自然と頬が緩む。
僅かな『雪』の感触が心地良い。
そして、空のいろんな表情を見ることができた。
「スー君、今誰か空飛んでたよ!」
ハッとして見上げた空は優しく『雪』を篩いにかけているだけ。そこには誰の姿もない。
「赤い服を着た人がね、こんなこと叫んでたの」
Merry Christmas!!
彼女の発音が難解すぎて解からなかったけれど、当人も勢いだけで真似したあらしいので安心した。
その日は、とにかく不思議な日だった。
赤かった鼻の痛みはどこへやら。僕らは、いつまでも夜空を眺めていた。
互いの温もりを、その手に感じながら―
―See You Next Year