DAY 30 城内ではお静かに

 

 時間を少し巻き戻して――

 “龍竜巻(ドラゴン)”ってのに吹き飛ばされた私たちは、中央棟の窓を突き破って二階の回廊に。

 その音に驚いた丸っこい顔のおばあちゃんが短い棒をつきながら飛び出てきた。身長は私と同じくらいで目がクリクリしてて可愛かった。

 歩きづらそうだったから軽く体を支えてあげたら、ピンク色の全身プニプ二でビックリ。

「あたしゃ、コンニャクウオの老いぼれさね」って言ってたけど、よくわからなかったんだよね。

 手短に話を済ませて、一階へ下る階段を探してるんだけど…なんか今、すごい音した。

 だいぶ奥の方から聞こえたのに、衝撃で天井が軋み始めてる。

「彩華(いろは)さん、本当にこのまま進めば下れるんですか?」

「おそらくね。城の外観を見る限り、バルコニーの近くに外階段があったからそのまま下れるはず」

「あ~、あの柵のある場所ですか。それで、今更ですけど…傑(すぐる)君をおばあちゃんのところに置いてきちゃって良かったんですかね?」

 

「しょうがないじゃない。あのおばあちゃんが傑のことを『自分の孫に似てる』って言って昔話が止まらなかったんだから…似てないとは思うけど。あの子も嫌そうじゃなかったし、話が済んだらすぐに戻って来るわよ」

「彩華さん、それ無責任すぎません? もし、何かあったら…」

「あんたも納得してたくせに、急にどうしたの?」

 彩華さん視線が急に生温かくなった気がして、振り向けなくなった。

 今どんな顔してんの、この人?

 返す言葉を考えなきゃいけないのに、頭の中が傑君でいっぱ…

「あら? 一緒に居たかったら付いててよかったのよ」

「そんなじゃないし!」

 その舌で全身を舐め回されてる感覚にゾッとして大声で振り向く。互いの足音が自然に止んだ。

 自分の声にびっくりして俯いてしまったのが失敗。

 彩華さんが目を丸くしたのはほんの一瞬で、

「はい、確定」

 すぐに悪い女の顔に元通り。

 なんか勝手に納得してた。

「別に恥ずかしがることじゃないでしょ?」

「だから、私は別に好きとかじゃないもん…です」

 もう何を言ってるのか判んなくなったから話題を変えようと考えていると、

「いないわ」

 彩華が小さく呟いた。息を漏らすようにとても静かに。

 その視線の先に人の姿はなかった。

「どこに行ったの? あの二人」

 確かに私たちの後ろを歩いてたはずなのに。

「これは予定変更ね」

「うそぉ~~~ん!?」

 いろんな思いが込み上げてきて、そう絶叫せずにはいられなかった。

 天を仰ぐと反響する自分の声が酷く虚しく聞こえて、しばらく経ってもなんか腑に落ちない。上手くは言えないけど。

「急ぐわよ」

 そんな私を余所に、傍らの悪女はまた走り出すのだった。

 

*

 

 窓から聞こえた声が気になって、早く決着(ケリ)つけようと抜け駆けしてきたが…こりゃ、ヤベーぞ。

「今どこにいるんだ、俺!?」

 え~っと、俺はあえて潤美たち別れて直進したはずなんだ。二手に分かれた方が効率がいいと思ってココロと一緒にな。

 結局、あいつは「どっちが先に敵のお姉さん見られるか勝負ね!」とか一人息巻いて、俺が答える前にどっか消えたけど。

 そんで俺はグルグル回ってるうちに、この正方形が床に敷き詰められた部屋に入ったってわけ。この扉だけやけにデカかったから気になってさ。

 部屋の中央には円柱の四本の脚が付いた木の板が置かれていて、その近くに分厚い革製の座面があった。

  壁の両側には背の高い木の箱が二つ並んでて、二段に仕切られたその中に分厚い紙の束が隙間なく綺麗に整頓されてる。それを取り出して中の文字を見ると、だんだん頭が痛くなってきた。

  記憶は曖昧だけど、この感覚は初めてじゃない。

 これは『本』だ。紙で読んだことはないけどデーターで渡されて、読むのに時間がかかったもんだ。

 読書が苦手だったことを思い出し、静かに箱に戻す。

 ――ガチャ。

 扉の向こうに気配を感じて、奥の木箱の右端に置いてある植物の影に隠れる。

 入ってきたのは、小さな赤い体の三角頭に長い髭を生やしたじいさん。

 八本のうち二本の手はハサミで、人型の左手で器用に木の棒で体を支えながら歩いてくる。

「大臣、次の公務は十一時からになります。それから二十分後に昼食をとり、十一時四十五分からは…」

「まとめて言わんでくれ。とりあえず休みたい」

「失礼しました」 

 左わきから話しかける切れ長の目の男を制止して、革製の座面に腰をかけた。

 遠くから覗いていても、その体と座面のサイズ感はおかしい。

「五分だけ独りにしてくれんか?」

「分かりました」

 了解したもう一人の護衛が、切れ長の目の男に合図して一緒に退室する。

 さて、ここからどう逃げる?

 要するに、じいさんの視界に入らなきゃいいんだ。目線が扉から外れた瞬間に全速力で出て行くしかない。ありがたいことに今は眠そうだ。

「そこで何をしとる?」

「はい?」

 確かに目を閉じたのに。走り出す瞬間に呼び止められてコケそうになる。自然と声も情けなく漏れた。

「お前の臭いには入ってきたときから気づいておった。人間がここに何の用だ?」

 なら何の言い逃れもできないな。

「実はさ、この城に逃げ込んだ青いドレスの女を捜しにきたんだけど…迷っちまってさ」

「そうか。あの侵入者の仲間なのだな?」

「何でそうなる? 俺は女を倒しに来たんだ」

「本当だろうな? どうにも人間は信用ならん」

 じいさんの威圧感が一気に増した。

「一応、緊急対策課に連絡を入れておく」

 暫くの沈黙の後、じいさんが目の前の木の板に軽々と飛び乗って、上にあった穴の開いた何かを持ち上げた。

「やめてくれ! 俺はじいさんたちの敵じゃない!!」

 唐突に危機感を覚え、飛びついて手を止めさせる。

「『じいさん』だと!? 私は財環境大臣だ。それにその慌てっぷり…侵入者の他に誰がおる!」

「説明してる暇はないんだって! とにかく今回だけ見逃してくれ!!」

 ここで巧くやらないと騒ぎになるってのは解かってたさ。

「いいかげん放さんか!」

「あいたっ!」

 潤美たちに悪いとも思った――でも、

「うお~~~っ!? ぐあっ…!」

 気づいた時には、じいさんの顔が壁に埋まってた。抵抗されて、反射的に殴っちまったんだ。

 そこから、あれよあれよと最悪の未来が描かれていく。

 異変に気づいた護衛たちが突入し、その制止を振り切って部屋から脱出。

 来た道を引き返そうにも左右から魚人たちに取り囲まれて、攻撃を躱しながら進むには限界がある。

「俺は敵じゃない! 一旦、落ち着けって!!」

「ならば何故、我々から逃げる?」

「うおっ!? そっちが攻撃してくるからだろが!」

 頭に白い角を生やした赤顔男の声に振り返り、鉄の棒が頭を掠めた。

 直後の突きに回し蹴りで対抗。

 棘が貫通するなんて思ってなかった。

「痛あああぁぁぁぁぁ~~~~~!!!!」

「ようやく、立ち止まったな」

「くそっ! もう、勘弁してくれ!!」

 無駄な体力は使いたくなかったが、

「先ほどに比べ、明らかに言動が荒々しい。動揺している何よりの証拠だ」

「いや、そこかよっ!」

 見下ろす無表情な男は、降参の意思を汲んではくれない。

 あまりに凛とした自分本位な物言いにツッコまずにはいられなかった。おかげで、足の痛みは少し和らいだけど。

「やるしかないか――“巨人化(ギガース・フォーム)”!!!」

 この状態で、

「“手足集中(ハンズ&フット)!”」

 意識を集中させても無理だった。俺の意思に反して全身が巨大化していく。

 見上げる魚人たちの顔は怪物を見るそれだった。

「何だ…その奇術は?」

「やはり、怪しい」

 言い返す言葉がなく、考えれば考えるほど混乱してしまう。目がうまく合わせられない。

「よくも私を投げ飛ばしたな! 皆のもの、この海底国家に仇なす輩をひっ捕らえよ」

 割り込んできたじいさんの号令で、一斉に武器を向けられる。

「チクショーッ!」ヤケクソだ~~~~~~~~!!!!!!」

 考えてダメなら、俺にはこれしかなかった。

「ついに本性を現したな!」

 腕の一振りで全員が吹っ飛んで、窓ガラスを突き破っって落っこちってった奴もいた。

 自分が怖くなる。

 もう、伝わないのは解かってる。

 でも、心の底から叫びたい。

「俺に戦う気はねぇんだよぉ~~~~~~~!!!!!!!!!!!!!!!」

 

*

 

 ここまで来れば、しばらくは追ってこないはず。

 あの子たち、あそこで何したんだろ?

「そんなことより、アタシの顔に絵の具ついてるってホント? 今まで誰も言ってくんなかったし、触っただけじゃ、あんま判んないし!!」

 結構ショックなんですけど。

「あっ、階段あるじゃん!」

「姉ちゃん、みいっけ!」

「あんた、どっから出てきたの?」

「僕たちは一度狙った獲物は逃がさないんだよ」

「答えになってないし、カッコつけて人を食べ物扱いしなでよ!!」

 六人いる子の中で、この紅葉色の髪のが一番苦手かも。なんか悪そうな顔してる。

「いい? アタシは階段を下りたいだけなの!」

 十分くらい逃げ回って、ようやくここまできたのに…まだやる気?

 こんなことなら、別行動しなきゃ良かった。

「僕らは姉ちゃんの顔に落書きしたいだけさ。もっと汚したら、消す時に元の絵の具も一緒に拭き取れるかもよ?」

「あぁ、確かに――ってなると思う?」

 もう、ホント疲れてきた。

「残念。交渉決裂だね…みんな、出てきていいよ。第二ラウンド開始だ!」

 だから、どっから出てきてんの!? あと五人のうち三人は壁際、二人は床下からっておかしくない?」

「どうだっていいじゃん、そんなこと!」

「だから、勝手に始めんなぁぁ~~~!!!」

 階段が遠のいてく。

 

 ド~ンッ!!

 ガッシャン!!

 

 走りだして二百メートルくらいのとこで、奥の方から轟音が近づいてきた。

「止まって!」

 子供たちに叫ぶ。

 そして、アタシは見ちゃったの――こっちに突進しながら明らかに混乱している仲間を姿を。

「リッキー、やめて!!」

 一斉に攻撃を受けて自我を保てなくなってるみたい。

 

 ヴォ~~~!!!!

 

 周囲の悲鳴を掻き消す雄叫びが哀しく聞こえた。

「お姉ちゃん…怖いよ!」

 逃げたはずの黒髪の気弱そうな男の子が腕を掴んでくる。

 砂を掻き分けるように周囲を薙ぎ払うリッキーの目が、アタシを捕らえた。

「大丈夫。アタシが何とかるから、今はみんなと逃げて」

 目線を合わせて頭を撫でてあげると、

「早く行くぞ!」

 赤髪のたくましそうな子に促されてゆっくりと歩き出した。

「また一緒に遊ぼうね」

 見送ってから暴走する仲間に向き直る。

「“心色転換/黄(メンタル・リペイント/ラフター)”」

 相手の感情を七色に塗り替えるのがアタシの能力。虹の黄色は笑いを誘うの。絵の具が体に付着した瞬間から効果が発動するけど、色自体はすぐに消えて見なくなる。

 我に返ったら絶対に落ち込むリッキーには、これで丁度いいはず。

「アハハハッアハハ~~!!!」

 と思ったけど、これヤバくない!?

「何で急に爆笑し始めた!?」

「今度は何だ?」

「まだ突進してくるぞ~~!」

 いや、ホント何で!?

 フツーは止まってお腹抱えるとかじゃないの…?

「それ逆に怖いから!!」

「アハハハッハ~~!!!…あ?」

「あ~、もっかいやり直す――“心色”…ちょっ…待って!! せめて、最後まで言わせてよ~~~!!!」

 回廊の緩やかなカーブに差し掛かった瞬間、アタシは死を覚悟した。

 躓いた巨漢を避ける術は誰にもない。

「なにやってんの?  勝手な行動しないで!」

 

 ――どこからか知った声がした。

 揺れる金髪にハッとする。

「潤美、遅いし!」

「どの口が言うか!」

 ホッとしたけど感謝なんてしないよ。全然。

「力也も落ち着きなさい」

「酷すぎるぞ、彩華。お前は鬼か!」

「カメレオンですけど、なにか? 怪物にだけは言われたくないわね」

「俺は巨人だ!」

 笑いながら突進してきていたはずのリッキーは、いつの間にか変身した彩華さんの舌で締め上げられて真っ青。いや、ホント言葉通りに。

 緑の体はやっぱり不気味だな。

「これが、さっきのすごい音の正体か」

「えっ?」

 しばらく揺られた先で潤美の言うとおり、目の前には大きな穴が。

「お騒がせしましたが、私たちは皆さんの敵じゃありません。それを証明するために下にいるおばさんを倒してきます」

 リッキーから逃げてきた魚人たちを前に、アタシを抱えたままの潤美が宣言する。

 そして、アタシは心に誓った。

「叫んだら舌噛むから」

「嘘でしょ?」

 いつか絶対やり返すって。

「こっから飛び下りるとかバッ…いやああああぁぁ~!!!!」

―See You Next

スマホからこんにちは!

荒木テルと申します。小説家志望の29歳です。

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