海中を大量の泡が埋め尽くし、観客たちは初めて目にする光景に息を呑んでいた。
直後に、泡はそれぞれ幾筋もの光に照射され、城内に散らばった長(おさ)のひ孫たちの目を介して映像が映し出される。
頭部に巨大な貝を持つタコブネの娘が泡を吐いた後、発光して華やかな足を介し、電力を供給するホワイトスポットジェリーフィッシュの人魚たち。
そして、子嘉邁(こがめ)たちの協力によって長が思い描いた巨大モニターは完成したのだった。見事な連携である。
長の満足そうな表情を見て、急きょ彼女たちを集めさせられた私の苦労が、ようやく報われた気がした。
「おい、あの青いドレスの女が侵入者だよな?」
「第二戦闘部隊…全滅じゃんか」
「リュウグウさんの姿、惨すぎるわ」
「若大将までやられちまうとはな」
「みんな死んでないわよね?」
映し出された映像に皆が一喜一憂する。
安堵も束の間、その声に振り返った私は言葉を失った。
「残念じゃが、第二の面々は戦闘不能のようじゃ。よって、この四人に賭けていた者たちは選抜予選敗退とする」
映像を目の当たりにした長から、先ほどまでの笑顔は消えていた。
「救護班は隙を見て、負傷者を救出。直ちに手当を行うのじゃ!」
――死ぬでないぞ、若造共が。
*
あの白髪頭とは、さっき一戦交えたから問題ないわね。
「あなたが、あの顔面凶器のサメさんのお兄さんね。弟さんには酷い目に遭わされたわ。恨みはないけれど、邪魔をするなら死んでもらうわ」
「まったく不甲斐ない弟だ。部隊のリーダーであるという自覚の甘さ、統率力の無さが、このような最悪の事態を招いてしまった」
「隊長、何もそこまで言わんでも…」
「いや、何より巨体を活かした戦い方がなっておらん」
「兄さん、今は説教タイムじゃないと思いますよ。あんたが行かねぇなら先に私が…」
「そうだな、すまぬ。だが、先手は譲らんぞ」
「第二ラウンドは巻きでいくわよ!」
「我々も長期戦は望んでいない。単純に疲れるのでな――ハアアアァァッ!!」
「珍しく意見が合うわね。それと私気づいたんだけど、初手が必ず正面からって…私をナメてるの? それとも、バカなの?」
「貴様の技量を量っているだけだ」
――あれだけ激しい戦闘後に、まだこれだけの力が残っているとは。
――たまに目は霞むし、腰も痛いけどね。
「OK、前者ね…すごくムカつく」
棍棒を踏み台にして飛びおった。
――回転を加えることで、短剣の飛び交う方向をランダムに。だたし、攻撃対象から逸れることはない。
「フン…そんなおもちゃ簡単に吹き飛ばしてくれる」
「棍棒を振り回すと思って、その風も読んでいたわ!」
「ぐっ…!」
一、二本は確実よ。
「これしきでいい気になっておるのか、侵入者」
「まさか…」
――僕の気配に気づいてる?
「ねっ♡」
「ぐぼっ…!!」
――銃で撃たれた衝撃に等しいぞ!?
あの体勢から的確な蹴りを…やはり、並外れた身体能力だ。
「あまり手応えがなかったけど…あなたの相手はドラゴンで十分ね」
サメさんは足を負傷中。
ハリセンボンはドラゴンに任せて、私の相手は実質一人ね。
「よくも息子を痛めつけてくれたな」
「顔がそっくりなところをみると、あなたがアナゴ君の親ね。礼なんていいのよ?」
「お主の相手は一人ではないぞ。我は弟と違って、動いておらぬと落ち着かん性質(たち)でな」
やっぱ、大したダメージにはなってないか。
「体を労わってあげないと早死にするわよ?」
「血だらけのお主が言うと笑えてくる。それに、この白髪は若い頃からなので心配は無用だ」
ハリセンがくるまでは我々で時間を稼ぐ。亀裂から城内に海水が入ってきてるのも好機。
「我の速さについて来れるか?――“断罪の刻(とき)”」
我の祖の最大の特徴は巨大な口。
その名残で、呼吸器官である鰓裂(さいれつ)が他の水中生物よりも独特なために注目されやすいが、武器としては鋭い口吻(こうふん)が最適なのだ。骨まで噛み砕いてみせる。
「どこまで動けるか見ものね――”百連撃(ハード・センチピード)”!!」
魚が海を泳ぐように体勢を低くすることで鞭が向かってくるまでの時間を稼げ、余裕を持って攻撃に対処できる。
加えて、海底人は海水が少しでも身に付着すると本能的にポテンシャルが向上するのだ。
「そこまで躱すなんてすごいわ。でも、いつまで続くかしら? 全部は躱しきれてないみたいだし」
「『躱す必要がなかった』という考えには至らんかったか。どんな時も過信はよくない」
「な…んで?」
無意識だった。そんな言葉を漏らした瞬間に未来は見えたけど、私は抗う。
――ッ!
「効かんな」
「腕のガードで弾丸弾くとかどんな体してんのよ!?」
とりあえず、距離は取れた。
「体は鍛えればいくらでも強靭にできる――“断罪の刻”」
「筋肉バカは大嫌い――””鞭櫓(ウルミ・ハウス)”」
四方から噛みついてくるなら、地面を打ったウルミの反動で飛んで少し高い位置から防御を続ければ隙が見えるはず。
体を包み込むようにウルミを振るえば間合いには入って来れない。
「先ほどの攻撃よりスピードが落ちているぞ」
すでに勝負はついている。
――見えた。
「あ゙っ…!?」
右肩から鈍い音がしたけど、問題ないわ。受け流しているうちにようやく目が慣れてきた。どこから噛みついてきても一度に移動できる距離には限界があるみたいね。
次で撃ち返す。
「ハアァァッ!!」
「技を捨てての正面突破か…敬意を表して迎え撃とう」
ヒュッ――!
ッ――!!!!
ウルミが命中した感覚は確かにあった。
でも、
「いい位置だ」
壁に衝突した白髪の男は満足そうに告げる。
この時の私は違和感の正体に驚いて、その声に気づけなかった。
「いくよ~!!」
陽気な声色に導かれて頭上を仰ぐ。
「君のドラゴンは全部吸い込ませてもらったよ」
視界が球体のようなもので覆われた時、ようやく脳が危機を察知した。
だからといって、常に一心同体とはいかない。
ドォォ~~ンッ!!
「悪いね。でも、この城を守るトップの戦闘部隊の名に懸けて、この先へは行かせないよ」
*
固唾を飲んでモニターを眺めいていたギャラリーが一気に湧いたのは、陽気な参謀と侵入者の顔がアップで映った瞬間だった。
余裕の笑みと苦悶の叫び。
優劣を知るのは容易かった。
それでも、モニター越しに女の戦意は尽きていないように見受けられる。この時の女の些細な動きを、どれだけの人数が目撃していただろうか?
「ハリセン、ウチの息子とリュウグウさんたちを介抱してくれ。この女には俺が止めを刺す」
「離れて大丈夫?」
「任せろよ――“幻影超合体(ファントム・フュージョン)”!!」
ハリセンボンと、もう一人の参謀・チンアナゴが言葉を交わす間、女は確かに食い千切れて床に転がる鞭を眺めいた。
チンアナゴの分身集結し、大蛇と化していく。
そんな中、私は見逃さなかった。
圧(の)し掛かった巨体が動き出した時、女は震える右手をドレスのスリットに伸ばして何を掴む。
女の体から、ゆっくりと球体の棘が抜かれていく。
呻き声はない。静寂が周囲を支配していた。
「うぐっ!」
それから、巨体が青い稲光に包まれるまで数秒しかなかったと思う。光るその剣は彼の腹を貫通し、そのまま串刺し状態になった。
「太り過ぎて床が見えてないなんて、可哀そうだわ」
その表情は、言葉とは裏腹に酷く愉しそうだった。
―See You Next