「騒がしいと思って久々に城から下ってみれば、何百ぶりかの人間の気配じゃ。まさか、生きとるうちに二度も会えるとは思わんかったのぅ」
「正気ですか? 長(おさ)」
「当たり前じゃろ。ワシは海民の皆に平等なチャンスを与えるというだけのこと」
「しかし、今この緊急時にお戯れは如何なものかと」
長は、あの女を追って城内に入っていった五名と戦闘部隊を二チームに分けた合計十二名を対象に、女を討ち取る勝者を予想させるおつもりなのだ。
「戯れじゃと? 戯言を言うでない。こんな時だからこそ、民に安らぎを与えることが長としての務めであろう?」
(遊びたいだけのクソジジイが! 避難が最優先でしょ)
「何じゃ、その目は?」
さらに、
「いいえ、何でも。しかし、この賭けの勝者が城内護衛の精鋭にあたる戦闘部隊の候補者になるなど…」
「賭け事などでないと何度言ったら解かるのじゃ!」
(今、初めて聞きましたけど)
「ワシは真剣にこの海底の未来を憂いておるのじゃ。それ以上、ワシの決めたことに意義を唱えるのであればお主はクビじゃ、クビ。もう要らぬ! こうなるから、護衛は要らぬと言ったのに。あ~、メンド―じゃ」
このようなやりとりが度々あるので、つい口走ってしまった。
「長、失礼ながら一つ申し上げますが…今のパワハラです」
「何じゃ『パワハラ』て? ワシは知らぬぞ」
「貴方様は知らずとも、いつの時代のいつの世も確かに存在するものなのですよ。たった今、証明してくださいましたから」
「なんかよう解からんが…とりあえず着いたぞ。ここなら安全じゃろ」
(微塵も刺さっていないご様子で何よりです)
「あまり城から離れていないように思いますが…」
「臨場感第一じゃ! それに離れすぎると、映像がうまく映らん可能性もあるからのぅ」
(もう私は知らんぞ)
「そろそろ、吹き飛ばされた者たちもワシの姿に気づいて集まってくる頃じゃろ。お主の意見を聞き入れて移動してきたのじゃ。さっさと例の娘たちを探して来んか!」
「御意」
*
それにしても反応が速かったわね。触手を持つ人体なんて初めて見たわ。
「アンタに用はないけど、面白そうだから付き合ってあげる」
相撃ちとは情けねぇな。奇襲ってのはこうやんだよ!
「ぬおりゃ~~!!!」
――余裕ね。
「チッ…おららららおらぁ~!!」
この近距離で一発も当らねぇとはな。ちょっと甘く見てたぜ。
「私の間合いに勝手に入ってくるな」
「おめぇがチンタラしてるからだろが!」
「お前はそこで黙って見ておれ」
「ケッ! 相変わらず上から目線でムカつく野郎だぜ」
単細胞なお前でも役には立ったぞ、アンコウ。
あの女の動きは見切った。鞭での攻撃は大振りで近づきにくいが、隙が生まれやすい。目もようやく速さに慣れてきたそうだ。
「どんな武器でも、受け止めてあげる」
「どんな時も慢心は隙を生むぞ」
スピードとパワーで押し切って見せる!
「ハアアァァァッ!!!」
正面突破に見せかけて、周囲の柱を利用して左右に飛び移ることで視線を撹乱。さらには加速を図る――と、ここまでは予測できただろう。
「どこから迫ってきても、このウルミで撃ち返すだけよ」
「ならば、これはどうだ?」
――飛んだ!?
鞭を振るう直前に跳躍。上から押さえつけて無効化し、直後に懐めがけて突く。
「残念だったわね…押さえつけられたくらいでウルミを放すわけないでしょう」
「口ほど余裕がないように見えるが。撓るという特性が裏目に出たようだな」
「ぐっ…! あぁぁ!!」
槍の方向を頬に逸らし、ダメージを最小限に抑えたか。だが、
「逃がさんぞ!」
「甘いわ!」
まだ連続の突きを躱す元気はあるようだな。やはり、近距離は危険だ。
「縛られるのは好き?」
「遠慮しておく」
バッ―――!!
―――ヒュッ!!!
後方に飛び退きながらも互角か。解せぬ…。
あの白髪の触手持ちは要注意ね。それに二人だけとは限らない。
「ひゃっほ~! 次は僕の番だよ、お姉さん!!」
「ひっ!」
何…この背中に吸いつくような感覚!?
「あっ、お姉さん今『キモイ』って思ったでしょ? それ僕が一番傷つくからやつだから禁句ね。今は顔に出てただけだからギリギリセーフ!!」
「子供?」
「ん~と、子供だけど子供じゃないよ。リュウグウさんとかアンコウのおじさんからすれば子供だけど…僕はお姉さんより遥かに年上だからね」
「そう。なら背後から女性を羽交い絞めにするなんて非常識だと思わない?」
「仕方ないでしょ。これが僕の役目なんだから」
(いつでもいいよ、隊長)
「あなたの役目はこれだけ?」
「うん。だって…」
大丈夫なのかよ…アナゴの坊主。
―――!?
何でこれだけの気配に今まで気づけなかったの。
「あとはよろしくね、隊長!」
ここまでの威圧感は初めてだわ。
「離れなさい!」
「痛ッ…鼻が――!?」
手さえ離れれば動ける――!
バチッ!!!
「ぐあぁっ!」
戦闘向きじゃないのにここまでされなきゃなの…意識飛びそうなんだけど。
ドゴッ…メキメキッ!!!
でも――
「僕の役目は終わってない!」
「ぐっ…!」
飛ばされながら体の形状を変化させた!?
「ふ~、危なかった。今度こそ巻き付いたから絶対離さないよ! これが僕の本当の姿ね」
「よくやった。あとは私に任せろ」
喰われる―――!?
ドゴォォ~ンッッ!!!!
ったく、めちゃくちゃしやがる。柱何本壊してんだよ。
「子アナゴに遅れをとるな」
「ヘイヘイ…こんな時でも冷静なのね、リュウグウちゃんは。準備運動はバッチリですよ」
「…ならば、それを証明してみせよ」
「先行くぜっ!」
フッ…”体の軟化”とはいつ見ても奇妙な特性だな。
この力はあまり使いたくないが、畳み掛けるなら今だ。隊長の口から出てきたところを――!
*
おぉ~、やっとる、やっとる。
「こっちも、そろそろ始めるかのぅ」
「城が壊れているのを見て、ワクワクしないでくださいっ!」
「何百年ぶりの一大イベントじゃぞ? 硬いことを言うな」
諦観だ。もう私は知らん。
「では、これより『竜宮城護衛部隊 新人戦闘員選抜予選』を始めるぞい★」
―See You Next