DAY 25 海底の世界

 

 潮風を感じる暇もなかった。

「”両断(スライス)”!」

 迫る海面に力いっぱいの一太刀を放った。これで一時的に固くなった断面を足場にして体勢を立て直そうって思ったけど、

「また会えて嬉しいわ」

 着地する前に聞き覚えのある声が背後から飛んできた。

「あっ、海岸で私に敗けたおば…」

「私は敗けてなんかいない」

 バチンッ!

「今攻撃しないでよっ!」

 振り返った瞬間、細長いゴムみたいなのが不規則な動きで襲ってきた。両腕を刃物に変えて受け止め時、あることを思いつく。私の手を打ったそのゴムが撓(しな)って戻る前に掴んで思いきり引き寄せてやった。

「じゃあ、それを証明してみせてよっ!」

「ちょっ…!」

「簡単に落ちてなんかあげないんだから」

 打撃を受けた直後にウルミを掴むなんて、たいした動体視力ね。

「私もだよ」

 小さな剣が私をめがけて一直線。

「ッ!」

 刃で払おうとしたけど、タイミングが合わずに失敗。

 すぐに右に身を捩っても完全に避けることはできなかった。ほっぺに付いた血を拭って、青いドレスを着たおばさんを睨みつける。

 

 ザバ~ンッ!!!!

 

  思った以上の衝撃で驚いたけど、やっぱり水中は動きやすい。自然と攻撃のスピードも増すから不意打ちに注意しないと。

「!」

 肩を叩かれて振り向くと、傑君が並んで泳いでた。私を追って捜してくれたんだと思う。

 山吹 傑(やまぶき すぐる)。

 穴の中で会った時は人見知りで気弱な印象だったけど、こうやって気にかけてくれるし、頼りになる。傑君は相手の攻撃を弾き返す能力者だって。茶髪で意外と良い体してるから、ついついそっちに目がいっちゃってることに気づかれてなきゃいいけど。

 しばらく、あの人を捜してたけど息が苦しくなったから、いったん海面へ。

「吉原さんって泳ぎ慣れてるよね。俺なんて息あがちゃって」

「ぷはっ! 私も長時間泳ぐのはキツイよ? まだ平気だけど」

 辺りを見渡しても私たち以外、誰も見当たらない。

「もう少し二人で探してみよ」

「うん」

 再び潜ろうとした時、迫ってくる大きな影に気がついた。じっとしてたら私と傑君くんなんて簡単に飲み込まれちゃう。

「逃げるよ、傑君!」

 …ってあれ?

「俺は、もう大丈夫だから吉原さんも早くこっちへ!」

 えぇ~! いつの間にそんなとこいたの!?

 いや、メッチャ震えてる。

「おいてかなでよ」

 冗談めかして返したけど、ホントは少し心細かった。

 そんなことより急がないと――

 ブオゴ~ッ!

  飛沫に飛ばされて私の体は軽々と宙へ。

「何やってんのよ、潤美」

 私を受け止めてくれたのは十条彩華(じゅうじょう いろは)さん。

 緑の髪が綺麗なお姉さんで、周りの色と同化する能力の持ち主。

「なんかボーッとしてたけど…まさか、傑に見惚れてたとか?」 

「そんなんじゃないってばっ!」

「ふ~ん、結構イイ感じに見えたけどな」

 そんなんじゃないけど…侮れないなこの人は。

「そんな事より、目の前の”琥璽羅(くじら)”をどうにかしないと」

 黒くて大きな体に似合わない可愛い目。

 その背中には中に変な文字が書かれた、薄黄色の大きな丸印が描いてあった。

「彩華さん、手伝って!」

「いいけど、まだ私の出番じゃないみたい」

「え? どういうい…」

 意味深な言葉に振り返ると彩華さんの姿はなく、目の前には五メートルを超える高波が迫ってた。

 ブオゴ~ッ!!!

「あの子、私に向かってきてるんですけど!?」

 怒ってる?

 それとも、私たちの姿に驚いてるだけなのかな??

「分からないなら、相手と向き合ってみればいいんだ」

 怖がらなくていいから、こっちおいで――

「私がちゃんと見てるから」

 思ったより速いけど避けられる。

 ブオゴゴ~ッ!!!

 

 ――来た!

 

 その口が開いたとともに、すかさず空中へ。

 表情を見ると、やっぱり怒ってるみたいだった。それと同時にどこか儚げに思えて、自分の刃を左手で覆い隠す。戦意がないと教えるために。

「吉原さん、危ないっ!」

 そして、私の思いは伝わらなかったみたい。

「!」

 バチンッ!

「大丈夫?」

 痛みを感じた時には傑君の腕の中にいて、あの子はもっと怒ってた。

「助けてくれてありがとう」

 本当はもっとこうしてたい気分だったけど…それはダメ。私が立ち上がって歩き出そうとした時、

「次は俺の番だよ、吉原さん」

 肩に手を置いた傑君が首を横に振った。

「君の努力は無駄にしないよ」

「でも、あの子は…」

 すべてを見透かした真っ直ぐな瞳に見つめられて、その後の言葉が続かなかった。

 傑君は私の前に立つと、胸の前で手を重ね、そのまま縦にして掌を前に向けた。まるで、相手に銃を向けるみたいに足もドッシリ構えてる。

「ちょっと、大人しくしてろ――”衝撃倍返し(ダブル・インパクト)”!!」

 直後に黒光りの巨体が円をくり抜いたように凹んだ。周囲の波もそれを受けて騒ぎ立てていたけど、相手の反応は思ってたのと違う。

(尾ひれで叩(はた)かれた吉原さんの衝撃を利用したのに…)

「気絶させるくらいの威力はあると思ったんだけどな」

 

 ゴォォォ~!!!

 

 大口を開いてこっちに向かっての明らかな威嚇。瞬時に食べられる、って気がした。

「…ったく、しっかり叩き込めよ。こんな風にな――”超拳(マッハ・パンチ)!!!”」

 ため息交じりの声が聞こえたかと思うと、空からまたも巨体が降ってきた。巨大な拳を振り下ろしながら。

 その衝撃で大気が揺れる中、

「リッキー!」

 傑君に荒波から庇われながら、新たな仲間に呼びかける。

「驚かせてごめんな、潤美!」

 小山力也(こやま りきや)。

 巨人になる能力の持ち主。巨大化したその全長は三メートル。感情が高ぶったら大きくなるだけの奴で、言うほど桁外れなデカさじゃないことには触れないであげて。

 ブォゴゴ…。

「今度は効いたみたい」

「一丁あがり!」

 力なく唸った直後、その子は気絶。

 元の体に戻ったリッキーは溺れた。だけど、アイツがいるから心配ない。

「自分の能力くらい、ちゃんと制御してよね」

 不機嫌そうに海面から顔を上げたのは虹色 心(にじいろ こころ)。リッキーが降ってきた時に肩に掴まってた女。

 褐色の肌に変な恰好した奴で、その証拠に顔に絵の具が付いてる。小さな板も常備で意味不明。能力は精神支配だってさ。

「あっ、ウルミン! また自分だけ目立とうとして先に…私の見せ場無かったじゃんっ!!」

 とばっちり。

「アンタが遅いからでしょーが! だいたい目立とうなんて…」

「何言ってんの!? アタシたちはこのデカくて黒いのの飛沫に吹き飛ばされて、ようやく…」

「あの二人とも…」

「やるじゃない、アナタたち。思ったより強そうね」

「だいたいね、ココロがっ!」

「何よっ!」

(あっ、これは俺じゃ無理なやつだ。起きろ、リッキ~~!)

「ちょっと…人が話してるんだから、こっち向きなさいっ!」

「「何?」」

 ・・・・・・・。

 あっ!

「「おばさん!」」

「二人揃ってケンカ売ってるの!? まぁ、元よりそのつもりで来たんだけど。それより、私はまだ三十二よっ!」

 突然現れた青いドレスのおばさんは、何故か”琥璽羅”の凹んだ頭上でへこんでた。

「「おばさんじゃん?」」

「顔を見合わせて声を揃えないで!」

「ねぇ、その子の背中の丸印書いたのおば…」

「最初からあったわよ。そこ叩いたら暴走し…ただ、け?」

 ゴォォォ~!!!

 

 ――おばさんは滑り落ち、そしての呑まれた。その場にいた私たちも海水と一緒に。

 

*

 

 目が覚めても真っ暗で何も見えなかった。

 しばらくすると目が慣れて、私を囲むように倒れている仲間を確認。気を失ってるだけでみんな無事みたい。

「私たちはあの子の口に吸いこまれて…あっちの大きな建物は何かな?」

 正面に聳(そび)える建物の周囲では魚たちが静かに泳ぎ、地面からはそれを囲むように、見たこともない何色もの草みたいなのがいっぱい光ってる。

 まるで、私たちにおいで、って言ってるみたい。楽しそうにゆっくり揺れて。

「お前、どうやってここまで来た?」

「えっ?」

 何かの絵本で見たような建物に見惚れていると、急に目の前がまた薄暗くなる。二人の大男に囲まれてたことに気づくのが遅れちゃった。向こうから歩いてきてたんだろうけど。

「答えろ、どのようにして海底まで下りてきた?」

「かいてい?」

「……通常、小娘がそのような恰好で来れる場所ではないぞ」

「まさか、お前もあの女の仲間か?」

 あの女?

「確かに、他にも仲間がいるようだ。どう処理する? 弟よ」

「兄様が決めれば良いことだ」

「ちょ、ちょっと待って…何これ?」

 夢かな??

 

 マッチョ二人組、キターーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!

―See You Next

スマホからこんにちは!

荒木テルと申します。小説家志望の29歳です。

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