間近で見たのは初めてだ。火山の中ってのはこうなってんだな。
地面はゴツゴツしてて、足元のオレンジ色の液体は小さく膨れては割れてを繰り返し、ひっきりなしに泡立ってやがる。
それは地面の割れ目に沿って放射線状に周囲に広がり…って、もう足の感覚がねぇ。
あと何秒待てばいい?
てか、俺は耐えれるのか?
それに、もっと遠くに飛ばせって言ったろ…時間稼ぎしてもらってる間にここに移動してくる手筈だったのに、見事にしくじりやがって。
「ねぇ、前田さん。何でおじさんだけあんな場所に?」
「作戦なんだって」
あんなメチャクチャ作戦がうまくいくとは思えない…けど、それしか方法がないのも事実。
こんな所に長居してたら、立ってるだけでみんな死んじゃう。
「それって、どんな作戦ですか?」
「今は言えない」
「え?」
いや、言えるはずがない。小鳥ちゃんはきっと動揺する。そして、必ず奥村さんを止めようとするから。
「小鳥ちゃん、まだ動けるよね?」
「はい!」
「繭ちゃんも?」
・・・・・・・・・・・。
振り向いたら、気配も何も無くてビックリ。
「って、いつの間にあんな所に…」
気付いた時には既に遅かった。
「何で逃げるの、シャバーナ? 恥ずかしがり屋なんだからぁ~」
奥村さんを挟んで、僕のほぼ対角線上に立っていたはずの女の子は彼のもとへとまっしぐら。
「奥村さん、後ろぉ~!!」
僕には叫ぶのが精一杯だったよ。
「あなただぁれ~? そこをどいてもらえるかしら? 私はシャバーナと話したいだけなの」
(状況がよく飲み込めないけど、この子には見覚えがある)
そんな彼女を制止いたのは繭ちゃんだった。
「ねぇ、聞いてる? どかないなら殺すわよ? 私たちの邪魔しないで」
抱きつこうとした彼女と奥村さんの間に入って無言の圧力をかけてる。
(風太には借りがある)
ドレス姿の彼女は、まだ小鳥ちゃんの技の効力で錯乱状態のまま。その証拠に、二人の体をピンク色の光が照らしてる。
「僕たちも続くよ!」
今のうちに少しでも多く攻撃して状況を有利にしとかないと―
「はい!」
(この距離なら確実に―”糸小包”)
「糸を操る能力だとは思ったけど、全身から出るなんてね…全然美しくない。そこらにいる虫ケラと一緒じゃない」
(負け惜しみか? さっさと、くたばれ)
「笑うなら声に出して笑えっての、気持ち悪い。そして、ムカつく…フンッ!!」
(糸を引き千切った!?)
「ちょっと縛ったからって…ヌルイのよ!」
「ぐあっ…!」
「ちゃんと声出せるじゃない」
(今のはまったく見えなかった。頭がクラクラする)
「何? 回し蹴りで一発KOかしら?」
(くそ…!)
この女を早く片付けて、私は―
ボフンッ!!!
「!」
寝た状態で撃ってくるなんてね。
決めたわ、最高の蹴りで永遠の眠りに就かせてあげる!
(跳んだ!?)
「あはははははっ!」
「舞い上がりすぎなんじゃないかな? ちゃんと上も見ないと―”風圧砲(ウィンド・プレス)”!!!」
ドーンッッ!!!
「ごっはっ!!!」
背後から!? デブのくせにどうして私より遥か上に浮いてるわけ?
「繭ちゃん、大丈夫?」
まともに喰らって、しばらくは動くないはず。
「そこでじっとしててください」
小鳥ちゃんがドレスの女の子に近づいてく。技の効き目を確かめてるみたい。
屈んだ彼女が手を横たわるドレス姿の敵に手をかざしてたよ。
「繭ちゃん、しっかりして」
「……」
「起きてってば!」
頭を抱きかかえた瞬間に目があった。
「!」
「おわっ!?」
「キャッ!」
飛び起きた繭ちゃんが口から糸を吐き出したのは、僕の背後で短い悲鳴が聞こえた直後のこと。
「は…なして…!」
驚いて振り向くと、背後で倒れていたはずの女の子に首を締め上げられて苦しむ小鳥ちゃんの姿が。
「動いちゃダメよ?」
ドレス姿の敵が目で諌めてきた。弱ってると思って完全に油断したよ。その体に纏ってたピンクの光も消えてたんだ。
「言うこと聞かないと殺すから。この子」
要するに、
「あの色黒も一緒にね!」
彼女は戦闘狂に戻った。
「なんで…?」
怒りに震える繭ちゃんを横目に、その言葉を絞り出すことしかできない。
「あなたのおかげよ、子ブタちゃん…衝撃波で目が覚めたの」
どうして”天使の告白”が無効化されたのか―その理由を聞いた時、僕は落胆した。
それと同時に脳裏に過ぎる奥村さんの顔。もう、あの人に頼るしかないんだ。
――アレを体に浴びれば、うまくいくかもしれねぇ。いや、間違いなく瞬殺だ。
合流した時、奥村さん自信に表情で提案してきた。
無茶だ、と制止する僕に
「やってみなくちゃ判んねぇだろ」
悪戯っぽく笑って、奥村さんは走っていってしまったんだ。
でも、その笑顔の奥に確かな覚悟の色を滲ませてた。
だったら、僕は信じるよ。
「―――!」
その時、地面が揺れた。
それと同時にマグマも呼吸を始める。
それが作戦開始の合図。
「お前らぁ~、火口から離れろ!!!」
ついに、この時がきたんだ
「小鳥ちゃんを助けてぇ、奥村さ~ん!!」
ドォーーーンッッッ!!!!!!!
勢いよく吹き上がる橙黄(とうこう)の一筋。
噴火する直後、誰に腕を掴まれた感じがした。
気付くと体が浮いていて、何秒か経った頃にはゴツゴツとした地面の感触が戻ってたよ。
「ぐおおおぉぉぉ~~!!!」
「奥村さん…」
苦悶の声の主は、さっきまで小鳥ちゃんがたっていた場所で必死に抗ってた。それが何かは僕には解からないけど、立ち上る噴煙の中、その黒い影はゆっくりと動き出したんだ。
「馬鹿なの? アナタ」
「小鳥を…放せっ!」
「見てるだけで可哀そうな姿だけど、この子は…」
「人質なんか卑怯だと思わねぇのか?」
真っ赤になったその体が見えた頃には、気絶した小鳥ちゃんを抱いて敵を睨めつけていた。
「いつの間に…?」
「速さには自信があるらしいが、もっかい俺に付き合ってくれねぇか?」
「おぶっ!?」
「楽しませてやるよ、この”燃男(ファイア・メン)”で!」
何であんな状態で、私が見えない速さで打撃を?
しかも、重い。
「小鳥を頼んだぜ、ブー太」
そう告げると、また瞬時に敵のもとへ。
「あ…うん」
呆気にとられて、その背中をじっと眺めていた。瞬きで見失わないように、その目にグッと力をこめて。
「眠ってないで起きろよ、お姫様。夢はもう腹いっぱい見たろ?」
「そうね、眠るにはまだ早かったわ…楽しみはこれからなのに」
噴火後の火口の熱が一気に跳ね上がった気がした。
「ぶっ殺す!」
「甘く見てたけど…もう出し惜しみしないわ!」
”燃男”―これが奥村さんの作戦。
自らマグマを浴びて身体能力・攻撃力をある技だ、って言ってたけど…その姿には本当にビックリしたよ。
燃え上がったように真っ赤な体。そこを幾筋もの灼熱のマグマが、汗の如く流れ落ちてた。
目は、高温で熱せられて真っ白に。
まさに、活火山を体現した奥村さんが蒸気をまき散らしながら立ってたんだ。
「うおらぁ!!!」
「あがっ!」
「どおりゃ!!!」
「ぐっほっ!」
「出し惜しみしないんじゃねぇのかよ?」
動揺してるだけ…冷静に見れば―
「はっ!」
遅い―
「ボディがガラ空きだぜ!」
蹴りを左腕一本で受け止めた!?
「おえはっ!」
あの体勢からストレートの蹴りを入れてくるなんて…しかも内臓が焼けてる!?
「”火焔死闘(ブレイズ・マッチ)”の状態でも、まだ倒れねぇのかよ」
明らかに奥村さん押してるけど、相手の目は死んでなかった。
「フッ…自分の血を見たのは久々だわ。でも、まだまだ足りない」
「だだの負け惜しみか? それとも、頭湧いたか?」
「さぁ、どうかしらね…”無限武術(エンドレス・アクション)”!!!」
全部ブチ込んであげる。
「さっさと、くたばりやがれ―”極限火焔死闘(ブレイズ・ラストマッチ)”!!!」
「はーーーーっ!!!!」
「うらぁーーーっ!!!」
「おはっ!」
「ぶべへっ!」
また互いに速くなった。今は互角みたいだけど、僕たちには光にしか見えない。
筋肉の動き気を先読みしても防げなかった。ホント面白いわ!
顎の骨おれたな、こりゃ。全身から血が吹き出ちまいそうだし…そろそろ終わらせてもらうぜ。
「跳んだ? 生意気ね」
ひっかかった!
このまま急降下して手数で打ちのめす―
「ウオォォーーー!!!」」」
ウソ!?
「あばべぶはぼべっ!」
こんなとこで死んでたまるか!
「――っ!」
躱された!?
「これだけ…密着す…れば、攻撃は…できないわね!」
「くそっ!」
このまま一緒に落下するしか―
「これが私を騙した…天罰よ!」
「うおあっ―」
あまりの衝撃に声が出ない。
ドゥーーーンッッッ!!!!!!!
「奥村さんっ!」
抱きついた彼女が身を捩って反転させ、そのままの勢いで蹴り落としたんだ。
当然、彼は動かない。
「これで最後よ…!」
僕たちが駆け寄り早くドレス姿の敵が着地。ふらつきながらも、奥村さんとの距離を詰めてく。
「”風圧砲”!!!」
(”糸蛇〈ヤーン・スネイク〉”)
僕のは軽く躱され、繭ちゃんの攻撃も彼女の足を掬う程度だったんだ。
その窮地を救ったのは魔の抜けた声。
「あ~、もう見えてられん。この嬢ちゃん、抑えとったるから一発ブチ込めや」
「ちょっ…誰?」
誰もが同じ疑問を持った時、彼女の動きは止まってた。必死にもがいていてるけど、辺りには何も見えない。
「ええやん、ええやん! もっと暴れてぇや…ほどよく当たって気持ちええわぁ」
「放せっ…!」
彼女の嘆きで我に返った僕らが再び構えた直後、
「私が倒します」
前に歩き出したのは、小鳥ちゃんだった。
「何よ…アンタまだ生きてたの」
「フンッ!」
「あっ…!」
渇いた音と短い悲鳴が流れ落ちる溶岩の轟音に掻き消されてく。
「”天使の告白”―助道さん、この人を火口に落としてください」
「!」
「あなたは、私が絶対に許さない。おじさんと同じ苦しみを味わってもらいます」
「いや、やめ…」
小鳥ちゃんが戻ってきた時には、あの子の姿はなかった。
「行きましょう、皆さん。助道さんはおじさんをお願いします」
「ちょ待てや。なんかツッコミないんか?」
静かに呟いた小鳥ちゃんは、背を向けて歩きだす。その肩が震えていることに気づいたのは僕だけだと思う。
覚えてろ、あのクソガキィィィィ!!!!
―See You Next