なんかすごく息苦しい。
なのに、体が浮いてるみたいに軽い。風に吸い寄せられてる感じ。なんだか不思議な感覚だ。
「んっ…」
何かに触れた感触に気づいて目を開けると、生き物たちが群がって目の前を泳いでくのが見えた。
その後、両手に鋏を持ったのが横切った時は何故だか睨まれた。
僕が目で追ってたのが不快だったのかも。
その奥には暗闇が広がってて、たくさんの影があったけど、見たことないからよくわからなかった。
また、水が体に流れ込んでくる感覚。ここが湖の中だって解かったのは、それからすぐに胸が締め付けられて息苦しくなったから。
同時に糸で縛られていた痛みが全身から蘇ってくる。
このままじゃ沈んでく―そう悟った時、微かに上から引き寄せられる感じがあった。
振り返ると、僕より遥か下の方で底に吸い込まれていく白い姿があった。完全に気を失ってる。
「繭ちゃん!」
凍った表面が割れる直前まで”繭玉(レスト・ボール)”の中で寝てたと思うから、たぶん僕の重みで上に上がれずに溺れちゃったんだ。
水で糸がふやけてる今なら―”風刃”!!
三回目でようやく糸が切れて自由をより戻した僕はすぐに繭ちゃんを追った。互いに糸で繋がれていたことも幸いして沈んでくのが遅くて良かったよ。
「繭ちゃん、しっかりして!」
ちゃんと目覚ましてよね。悪いけど、脇に抱えたまま走るよ!
水面から顔を出した直後に、僕たちが歩いてきた方角からすごい音がした。
「急いで戻らないと…みんなが危ない!」
たぶん、他の三人も僕らを探してあそこに向かってるはずだ。
*
ったく、どこまで追ってくる気だよコイツ。なんとかして足止めしねぇと…俺の体力がやべぇぞ。
「おい、小鳥! なんかコイツを正気に戻す方法は?」
「この人は恋人に抱きつくまで元に戻りませんよ」
「そんな奴、ここにはいねぇよな?」
「たぶん、別の場所にいます」
「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!」
「私がなんとかします。おじさんは先に行って」
「本当に大丈夫か?」
策を考えるにも一旦落ち着きてぇから助かるが―
「”天使の告白”!!」
「またそれかよっ!」
「これしかできません…とにかく私が囮になるので走ってください」
これで地面の雪を自由に操れるはず。あとは思うように溶けてさえくれれば…私にだって出来るもんっ!
「逃げないでよぉ、シャバーナ~♡」
心配する暇もなさそうだな。
「巧くやれよ。あとで戻ってくっから」
やっと『木』が見えてきやがった。ここを下ればイケる。
持ちこたえろよ、小鳥!
「待って~♡」
「行かせませんっ!」
「どいてよ~…キャッ!」
かかった!
「ぶべっ!」
足を掬われた彼女は、体勢を整えそうと前のめりに。勢いそのままに顔面から倒れこみました。
「うまくいった。すごく痛そうだったけど」
錯乱状態にある為、彼女は痛みを感じていません。
「ねぇ、アンタだぁれ~? シャバーナに置いてかれちゃうから、そこどいてよぉ」
オジサンの後を追いかけようと振り向いた瞬間、背後から呼び止められてゾッとしました。息も忘れて向き直った先には、顔を歪ませて不気味に笑う彼女の姿がありました。
「アハハハハッ~!!!」
「怖いです。来ないでくださ~い!」
とにかく必死で逃げます。
「皆さん、出来る限り…援護をお願い…します!」
彼女を追う男性たちに叫びます。
「おう」
「?」
「ハァ…ハァ」
必死さと緊張のせいでうまく伝えきれず、三人の返事は疎ら。
彼らはオジサンと合流する前に、私の魅了の能力で虜にした人たちです。
「アハハハ! 足速いわね」
距離が縮まってる―
「オラァァァッ!!!」
危機を感じた瞬間、雄叫びととも一発の銃声が響きました。
「ぐっ…!」
苦悶する声。
「小鳥(ピー)ちゃんは俺が守る!」
振り返ったときには、一人の男性が猛追してくる彼女に背後から飛びかかっていました。
「離れなさい。どうせ私を止められはしないんだから」
「いくらお姫様でも、その願いは聞けませんね」
「シャバーナのいるところ私あり!」
彼女の声が遠くなってたのに気づいたのは、長い下り坂を通り過ぎた頃。吹き荒れる視界の先に数本の『木』がありました。
「やっと追いつけた!」
この時は、あんなことが起こるなんて思ってもいませんでした。
いやー、実際ここまで来てみっとヤベーな。マジ死ねる。
「さっきの話本当なんですか!?」
「おぅよ! てか、いくら俺に会えたからって燥ぎすぎだろ、ブー太」
「風太です! 燥いでません!! はやく逃げましょうよ、奥村さん」
「だから、作戦があんだっつったろ!」
「その前に死んじゃいますって!! 繭ちゃんも起こさないと」
「女一人くらい、しっかり守ってみろ」
小さい石とか、黒っぽい粉とか、いっぱい振ってるよ!
何のんきに眺めてんだろ?
だいたい、あんなの作戦じゃないよ。
*
二十分前―
ここまで来りゃ、しばらくは追ってこれねぇよな。
しかし、これからどうする…あの女とまともに戦(や)っても分が悪ぃ。なんかこう、能力を巧く活用できればな。
ドーンッ!!!
それを見て俺は閃いたんだ。噴火(これ)を使った面白ぇ博打を―
「あっ、いた!」
「あっ、ブタ!」
コイツと合流したのはそん時だった。
「お前の能力は何だ?」
答えを聞いた時、俺は自分を天才かと思ったぜ。
*
繭ちゃんを抱えなら躱すのには限界がある。
「熱っ!」
オレンジ色の液体が、もう足元まで流れてきてる!
「あー、もう絶対死んじゃうよ! せっかくここまで来たのに」
「何言ってんだ…ここに着た時点で覚悟しとけよ」
「えっ?」
その声は、どこか優しく聞こえた。
「じゃあ、俺は小鳥の様子を…」
奥村さんが背を向けた直後、異様な音とともにそれが迫っていることに気づいた。
「なんだ、あの白いの!?」
「繭ちゃんの知り合い…なわけないか」
「あの頭は…小鳥」
「あのドレスの子は敵ですね」
もう逃げるも面倒だが…スゲー勢いだ。このままじゃ、あの白い球の下敷きになるってわけか。
「さっそく出番だぜ、ブー太!」
「もうやる気?」
「潰されて死ぬか? とかれて死ぬか? それとも生てぇか?」
正面は白い球。
背後からはドロッとしたオレンジの液体。
四方から降り注ぐ小石と火の粉。
「なんで僕っていつもこうなの?」
「一か八か試すなら今しかねぇ! もう一発来そうだ」
もう、どうなっても知らないからね!
最初から残された術はこれしかなかったったんだ。
「おひさん、びげふぇ~!(おじさん、逃げて~!)」
「シャバーナ、み~っけ♡」
「全員、火口にぶっ飛ばせッ!!!」
「”台風砲”!!!」
おわぁ~~っ!!!
上空から確認すると、吹き飛んだみんなは火口を中心に対峙していた。無事だったんだ。二人までしかコントロールできなかったのに。
「……?」
「繭ちゃん、起きた?」
ゴソゴソと身じろぐ気配あったのは、僕が覚悟を決めて火口に下り立った直後のこと。
そして、奥村さん以外の全員が臨戦態勢になる。
―See You Next