DAY 18 女子パワー

 

 これ、いつまで続けんの?

「繭ちゃんてば、話聞いてよ」

 絶対、聞こえてるよね。

「たしかに、僕が悪かったけど…そんなに怒ることないでしょ」

「……」

「言いたいことあったら、ちゃんと言ってよ!」

 僕の名前は前田風太。

 目の前にいるのが繭ちゃんで、全身を細くて白い『糸』で覆った綺麗な女の子。頭に何か被ってて口元しか見えないけど、それだけは判る。

「少し落ち着いて話そうよ」

「……」

 全然言う事聞いてくれない。

(落ち着いてられるか! 人の至福の時間を邪魔しておいて何を何を言っている。私は静かに眠りたいだけだ)

 繭ちゃんの纏う糸は、その感情に呼応するように不規則な動きで僕を襲う。

(”糸蛇〈ヤーン・スネイク〉!”)

 足元に気をつけながら躱していると、糸の束が加速してることに気づいた。その場は逃れることができても、また四方から僕を狙ってくる。

「”風刃(スラッシュ・ウィンド)”!!」

 繭ちゃんがその気なら、こうするしかなかった。

 着地した一瞬で右手に念を込めて放った一閃。

 轟音。

 地響きの直後、体が揺れる感覚があった。

眼下の岩肌に亀裂が走ったのは、それから間もなくのこと。

「……」

 力いっぱい地面を踏みしめる。

 静かになるのを待って確認すると確かに、僕の足元から岩を切り裂いた一太刀の筋が伸びてた。僕の振りかざした右手が空を切り、速効で繭ちゃんの糸を切り刻んだ―はずだった。

「…やっぱダメ?」

 目の前に繭ちゃんはいない。正確にはさっきまでの長身で大人びた女の子は姿じゃなくなってたんだ。

 丸い糸の塊が地面に転げ落ちてた。所々にある溶け残った雪のせいで見えにくいけれど。

「こんなこと、もうやめようよ!」

  全身を糸で包む込んだその姿は、繭ちゃんと初めて会った時と同じ。僕は暗闇の穴の中から落ちた時、あれに抱きついてたみたい。

 つまり、繭ちゃんはしばらく動けなかったから不満爆発ってわけ。

「何でも言うこと聞くから、仲間探そうよ」

 僕の一撃もたいして効果はなかった様子で、さっきまでの姿に戻った繭ちゃんの足元には切り裂いた糸が僅かながら散らばってた。

(安心しろ、すぐに終わらせてやる―”糸小包〈ヤーン・ギフト〉!”)

 寒気を感じて、咄嗟に地面を蹴る。

「”飛翔風(ジェット・ウィング)”!!!」

 容赦なく追撃してくる糸の束を躱しながら空高く舞い上がる。とにかく、高く高く飛ぶことに集中したよ。

 でも、どこまでも追ってくるその速さは変わる様子もなく、

「”台風砲(トルネード・キャノン)”!!!」

 雲に隠れたところで賭けに出たんだ。

 両手で出来る限り大量の風を包み込んだ後、圧縮させて振り向きざまにフルパワーで放った一撃。

 糸がハラハラと解けていく見てホッとした。繭ちゃんに勝ったからじゃない。これで観念してくれると思ったんだ。

 もう力は残っていない。

 急いで下りなきゃ―そう悟った直後、何かに引き寄せられた。

「もう無理だって…」

 解けたはずの糸が僕の足に巻き付いてた。周りの糸たちも続々と集束していく。まさか再生するなんて思ってなかったよ。

 おまけに、さっきより強い意思で襲われている気がする。

 僕の負けだ。

 引力に身を任せて無事に岩肌へ激突。

 

「繭ちゃん、これひどくない!?」

 身動きが取れない状態だって気づいたのは、それからしばらくしてから。ジンジンするお腹の傷に耐えながら訴えても、

「残念だったな。さっさと他の奴等を探すぞ。私が引きずってやるから安心しろ」

 軽くあしらわれるだけ。

「…あれ? 今さ、初めて喋ってくれたよね?」

「……」

「痛っ、痛い痛い痛いって…無言で締め上げるのやめて! 僕、みんなに合流する前に死んじゃうよ!!」

「……」

「死んでもいい、って思ってる?」

「……」

「ごめん…もう勘弁してよ~~」

 繭ちゃんは全然止まってくんない。

 でも、締め上げることはしなくなった。少しは打ち解けられたのかな?

 身も心も本当に削られてるけどさ。

 

 

*

 

  ありえねぇぞ、この女。

 いくら距離取っても、すぐ距離を詰めてきやがる。蹴りの威力も尋常じゃねぇ。

「早く攻撃しなさいよ」

「うるせぇ、笑てんじゃねえよ!」

 こちとらお前の蹴り躱しながら並走するので精一杯だっつーの!

 気ィ抜いたらマジで殺(や)られる。

 

ボフォンッ!!

ボフォンッ!!

 

 全然ダメだ。狙いが定まらねぇ。

 コイツ―

「『コイツ、何で武器持ってねぇのにこんなに強ぇんだ?』ってい思ってるでしょ?」

「何ィ!?」

 超能力者かよ。

 「顔に書いてるんだもん…教えたげる!」

 さっきの構えと違う。

 今度は右腕を引き、左腕を突き出した状態で中腰のまま両手の爪を立ててやがる。

「これは”猫のポーズ”」

「猫?」

そう。さっきの両腕を顔の前で両腕をくっつけて額に親指を当てたまましゃがんでたのが”象のポーズ”」

 猫とか象とか意味分からねぇ。

「その顔、どうやら”カラリパヤット”を知らないみたいね。インド南部のケララ地方発祥の古くから伝わる武術で、中でも私はテッカンが得意よ」

「だから、さっきから何…」

「だから、これが私の武器だって言ってんの!」

 その時、俺は何にも反応できなかった

 足音にも。

 顔面を捉えた右手にも。

「ぶおっ!」

 一瞬、視界が揺れはしたが、奴から目は離しゃしねぇ。

 さっきもぶん殴られてっから、血の味をも思い出しちまった。吐き捨てれば問題ねぇってこともな。

「あなた、いくら殴られても倒れないわね。弱いのに」

「うるせぇ。様子見してみただけだ!」

「あらそう。じゃあ遠慮なく」

 

ボフォンッ!!

ボフォンッ!!

 

「あなた学習能力ゼロね」

 やっぱ、火力を意図的に上げても発射速度は変わらねぇよな。撃ち続けるには体がもたねぇ。

 だったら―

「いや、そうでもないぜ」

 もう、こんなモン要らん!

「何やってんの、武器なんて捨てて…命乞いでもする気?」

「とりあえず、その面(ツラ)一発殴らせろや」

「ついに壊れたのね。でも、顔はさっきよりイケメンね」

「訳分かんねぇから、しばらく寝とけ―”火焔死闘(ブレイズ・マッチ)”!!」

「おねんねするのは、あなたの方よ!」

 口の減らねぇ高飛車女が!

「ウオォォォォォ!!!」

「素直に突っ込んできてもダメよ」

 少し速くなっただけじゃない。

 右がダメなら左を突き上げる!

 ヌルイわ!

「燃えちまえ!」

 この技を発動してる間は自由に手足から発火できんだよ。

「熱っ!」

「おぶっ!」

 鳩尾を的確に狙ってきやがった。

「蹴りもなかなかでしょ?」

 側転で炎を消しただと!?

「面白ぇ。まだまだいくぜ!」

「強がっちゃって」

「オラッ!」

「ハッ!」

「ぐっ…」

「よいっと!」

「ごはっ…!」

「息するのもやっとみたいね」

「ナメんなクソが~~!!!」

「おっと…残念」

 上体を反らして―

「もう遅いわ!」

 しまっ…

「ぶほっ!」

「寝技は初めて?」

 息が苦しい。

 体が固まったみてぇだ。

「私に見上げられてる気分は?」

「なんだ…この…怪…力」

 もう、やべぇぞ。

 あのチビんとこ行かなきゃなんねぇのによ…!

「痛っ!」

「うえのほへほっへはんほ!(腕の骨折ってやんよ!)」

「ぐっ…生意気!」

「ぐうううおおぉぉっ!!!」

 足が動かせる。

『ちょっ…どこ蹴ってんだ! 痛いわボケ!!」

 知るかよ。こっちは死にかけてんだ。

「奥村さん、待たせてすみません! 逃げてたわけじゃないんです」

 この声は…小鳥。

「あっ、頭上げちゃダメ! こっちも見ないでください―”天使の告白(エンジェル・ハート)”!!」

 目の前が真っ白になった。

 

 あぁ、俺死んだのか。

 でも、なんかスゲー苦しいぞ。

 

 ――って何だこれ

「おい、小鳥…お前、これ説明できるか?」

「あー、えっと…思ったより効き目があったみたいで<(_ _)>」

「いや、意味分からねぇって!」

「シャバーナ、会いたかった~。最近全然遊んでくれないんだもん♡」

 コイツ、さっきまで俺を殺そうとしてた奴だよな?

「もっと分かり易く説明くれ」

「今、この人は奥村さんを恋人だと思ってるんですよ」

「こいびと?」

 は?

「シャバーナ~~♡」

「離れろ! 顔くっつけんなッ!!」

 絶対チビのせいだな。

「お前もこれ剥がすの手伝えよ! 周りに知らん奴いっぱい増えてるじゃねぇか! そいつらと一緒に…」

 

 ボォォンッ!!!

 

 今度は何だよ!?

「火山が噴火しましたね。火山灰に注意しながら避難しましょう」

「おい、待て小鳥!」

「シャバーナ~、どこまでもついてくわ♡」

「頼むから、俺から離れてくれ~!」

 俺の声、誰かに届いてねぇかな…。

 

*

 

 これピンチだよね?

「繭ちゃん、起きて! 地面割れてるからッ!!」

「zzzzzz……」

「移動したはいいけど…この真下はたぶん湖だよ!?」

 凍ってる部分が薄ら透けてるし(;一_一)

 

 お願いです(だ)。

 誰か僕(俺)を助けてください(くれ)!

―See You Next

スマホからこんにちは!

荒木テルと申します。小説家志望の29歳です。

INFO

’23

11.09

06.24

03.12