DAY 17 奥村北極探索隊

 

 目の前がスゲーことになってる。

 大量の水がスゲー勢いで落ちてきて、その勢いが止まる気配はねぇ。音がデカすぎて鼓膜が破けそうだ。

 見渡すの真っ白。

 初めて見る景色だが、ここはどこなんだ?

ちらほら粉みたいなのも降ってやがる。

「おい、チビスケ!」

 俺は奥村英雄ってんだ。

 アイツは俺がここに飛ばされてくる前からいるみてぇなんだが、

「…」

「おい!」

「…」

 さっきから何度も呼びかけてはいるが、そいつから返事はない。俺から五十メートルくらい離れた岩場の端に丸くなって座り込んでいる。

 髪は島で最初に会ったあの坊主と似たような色で、頭に袋を被ってやがる。そのせいで顔はよく見えねぇが、背は金髪っ娘よりも小せぇ。しかも、こっちのが餓鬼っぽい。

「お前さ、名前何だっけ?」

 水の音で聞こえづれぇのかと思って近づいても、

「…」

 また離される。

「おい、ちょっとは喋って…」

 気づくと、また遠くの方へ。背を丸めて座っている。

「待てって! 名前聞いてるだけだろが!」

  追いかけると、今度は走りだした。

「こ…わ…」

「何だよ…! 聞こえねぇ」

 声小せぇし、意外に足速ぇし、なんだコイツ?

「何で逃げんだよ!」

 悪いが、本気出すぜぇ…こんなの、いつまでもやってらんねぇよ。

「いい加減にしやがれ、チビスケ!!」

「いや…だ!」

「クソが…届かねぇ」

 足が重い。

「あのなぁ…あんま行きすぎっと」

「キャッ」

「ほらな、人の話は聞けっての!」

 いきなり姿が見えなくなってビビったが、地面の白いので滑っただけらしい。

「いった~い」

 急いで駆け寄ると、仰向けで呻いていやがった。

「…ったく、崖から落ちたと思ってビビったじゃねぇか」

「だって、小鳥お喋り得意じゃないのに…いきなり近づいてくるおじさんが悪いです」

「俺のせいかよ!」

「大声…出さないでください」

 出してねぇって。

 途方に暮れながら、手だけは貸してやる。

「立てるか? チビスケ」

「私の…名前は『小鳥』です」

「じゃあ、最初からそう言えよ…足治ったばっかなのに走らせんな!」

「顔…怖い」

「怒ってねぇよ、こういう面だっての…分かったら他の仲間探すぞ、小鳥」

「…はい」

 コイツとの出会いは最悪だった。

 正直、俺が一番苦手な感じの奴だ。餓鬼ってのは、よく解からねぇ。

 

  ホント歩きづれぇ。体力が持ってかれる一方だ。何なんだよ、このさっきから降ってる白い粉は?

 広い道に出ても景色は一向に変わりゃしねぇし…『木』ってのが、たま~にあるくれぇなもんだ。後ろには、デケェ『山』しかねぇし。つまらん。

「おい、小鳥」

 だからって、話しかけても

「…」

 返事がねぇしよ。さっき扱けてから、ずっと俺の右腕にしがみついてるくせに。俺、なんか嫌われることしたか?

「…」

 いいや、考えすぎだな。

「お?」

 めんどくせぇこと考えんのはやめて、しばらく歩いてっと『図缶』で見た”迂摩(うま)”ってのと目があった。

  二頭それぞれ白と茶の分厚い毛に覆われてた。頭の毛は顔まで被さってやがる。つま先と蹄の先からは黒い棘が見えた。

 誰かが乗ってたのか手綱もついてる

「あれ乗るか?」

「…」

 相変わらず返事はなかったが、明らかに奴の様子は変だった。

「どうしたよ? 小鳥」

 頷いて握り返した手が震えてやがった。

 小鳥を急いで”迂摩”の背中に座らせて、俺も後ろに飛び乗る。その後ろからから手綱を引き、そいつを走らせた。

「おじさんは寒くないんですか?」

 小鳥から話しかけてくるなんて珍しかった。声は小さかったけどな。

「おぅ、まったく感じねぇな。その『寒い』感覚は覚えてんだけどな。ゾクッ、ってやつだろ?」

「本当で…」

 ついには、最後まで聞き取れない。

「お前どうしたんだよ?」

「さ…む…」

「はっきり言えって!」

 めんどくせぇ奴だな。

「寒い…!」

 振り絞ったみてぇな声でようやく解かった。

「お前、それもっとはやく言えよ…体冷てぇじゃねぇか!」

 こいつが我慢してたってことに。

「人の感覚は解かるのに、自分では感じないって不思議ですね」

「うるせぇよ! それ言われるとなんかムカつく。とにかく、黙ってこれ着てろ」

 着てた『マント』を投げつけてやる。

「あっ…意外と優しんですね!」

「『意外と』ってお前…人をなんだと思ってんよ」

 まぁ、皮肉でも返してくれるだけいいけどな。

 

 そんで、また無言になっちまう。

 この微妙な空気は居心地悪ぃが、話題がねぇんだ…話題が!!

 

 風が強くなってきやがった。

 白い粉が邪魔ではっきり見えねぇが、遠くにうっすらと影がある。

「あれって…」

「なんだ?」

 小鳥の反応には驚いた。それが何なのか知ってるらしく、近づいていくと嬉しそうに笑ってやがった。

「”威戌(いぬ)”ですよ」

「そいつは初めて聞いた。」

  四本足で立ち、茶色の毛で覆われた威戌は俺たちに驚いてる様子もねぇ。耳を立てて待ち構えているように見えた。

「昔、似た動物を飼っていた…記憶があるんです。その子の方が…可愛かったですけど」

「記憶って残ってんだな」

 小鳥はそれを辿るみてぇに、しみじみと話してた。

「ちょっと触ってきていいですか?」

 動物ってこたぁ、あの島で最初に遭遇した”威野獅子(あいつ)みてぇに襲ってくるんじゃねぇか…なんて過ぎりはしたが、

「おぅ、行って来い!」

 身を乗り出してまで、その姿を見てたアイツを止める気にはなれかった。

「ありがとう!」

 初めて小鳥のまともな声を聞いた気がした。

「やっぱ、俺もついてく」

 呟いていた自分に驚く。

 直後に振り向いたアイツの顔は、少しはにかんで見えた。

 見渡すと周りには知らねぇ動物が結構いた。

 少し離れた正面にまるまると太った雨雲みてぇな肌色の奴を見つけた。視線が合う。

「お前…」

 その円らな瞳に吸い込まれるように近づいている時、背中に衝撃が走った―

 

 ブオオォォォー!!!

 

 激しい唸り声の直後、何かが地面に叩きつけられたような鈍い爆音が周囲を包み込む。

「おい、おい…冗談だろ!!」

 驚いて振り向いた時には、あの白い粉の波が俺の方に迫ってた。

 このままじゃ、潰される!

「チビスケ~!」

 視線を巡らせ、すぐに拾い上げて”迂摩”めがけて走る。

「ちょっ…ちょっと苦しい!」

「黙って我慢してろ。それと後ろは見んなよ!」

「えっ、それってどういうこ…って嘘~!!!!」

 まぁ、無理だよな。

「おもっきし走れ~!!」

 気絶寸前の小鳥を担いだまま、勢いよく手綱を引く。

「ヒィ~ン!!」

 声高らかに駆け出したそいつは意外にも速かった。危機はしっかりと察知できているらしい。

 その波は、明らかに周りと一体化してデカくなってやがった。

「”炎息吹(ファイア・ブレス)”!!」

 十分に距離をとってぶちかます。燃え広がった瞬間、その勢いは死んで黒く焼け焦げた。

「クソ熱ぃ! 体がぶっ壊れれそうだが、とりあえず大丈夫そうだな」

 確認して、波の方に突っ込んでく。

 

 そこから空気が変わった。

 さっきはちらほら見かけた『木』も『緑のやつ』のまったくねぇ。とにかく、一面真っ白だ。おまけに目の前がぼやけてやがる。

「誰かいるぞ」

 それから人影に気がついたのは、”迂摩”の足取りが遅くなった頃だった。おもっきし走らせた後だし仕方ねぇよな。

「女みてぇだな」

 近づく影は、少しずつ濃くなってく。

「なんだこりゃ…」

 視界が晴れた瞬間、息が止まった。見たことねぇ動物が赤黒く血塗れになった女を囲むみてぇにしてゴロゴロと倒れてたからだ。

 パッと見ただけで十頭はいる。寝てるように見えなくもねぇが、顔とか腹の傷を見ると、いくら馬鹿な俺でも何があったのかくらいはすぐに解かったぜ。

「てめぇが殺ったのか?」

「違うわ。向こうから襲ってきたの」

 その女は平然としてたが、コイツらが殺られたのは間違いねぇな。見たことねぇ洒落た『服』がビリビリに破けてんのが何よりの証拠だ。

 白い玖磨(くま)に似たそいつらの腹は何頭か抉られて肉が見えてた。堅い棘みてぇなのも、大量の血と一緒に散らばってやがる。

 チビスケが起きてなくてホッとするぜ。

「あれ?」

 肩に担いでたのにいねぇ。

「あなた強そうね」

 敵だと知ったら逃げるわけにもいかねぇ。この金髪女は確かにあそこにもいた。

 息を荒くする”迂摩”から下りて互いに向き合う。

「なんだよ、急に?」

 ガラッと変わった雰囲気に戸惑いながら答えると、

「だって、いい体してるじゃな~い。”ILW”に入って私の遊び相手になってよ!」

 女は目を輝かせていた。

「最近はシャバーナも遊んでくれないし…もしかして、私の気持ちバレちゃってるのかな?」

 不思議と言葉は解かるが、なんのことだかさっぱり解かんねぇ。

「うるせぇ。お前と仲良くお喋りしにきたわけじゃねぇよ!」

 アイツのことは後でいいや。

「そんな顔しないでよ~…ちょっとムカついた」

「女ってのは、やっぱ解からねぇもんだぜ…!」

 瞳の不気味な輝きに一瞬、気圧された。

「楽しませてよね?」

 とにかく、今は集中だ。瞬殺して小鳥を捜しにいかねぇと。ま~た、どうせ近くでビビってるだけだろうがよ。

―See You Next

スマホからこんにちは!

荒木テルと申します。小説家志望の29歳です。

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’23

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03.12