DAY 16 チームワーク

 

 物理攻撃が効かないのなら―

「茜さん!」

 彼女の名前は海原 茜(うなばら あかね)。水を操るの能力者で、名前と同じ茜色の髪が特徴的です。

 降り注ぐ弾丸を一発ずつ水滴の中に捕えて無効化している彼女に視線で合図を送ります。

「”鴉円舞・風車(クロウ・ダンス・ピンフィル)”!」

 彼女が軽く頷いたのを確認して一気に上昇します。全身に纏った風圧で弾丸を弾きながら、不規則に旋回。

「さっきの攻撃とどこが違うんだい?」

 余裕の表情で銃口を向けるシャバーナに突っ込んでいきます。

 俺の目的は銃を叩き起こすこと。攻撃が届く直前に弾丸によって防がれてしまうのなら、その武器をもっていなければ問題ありません。

「いくら不規則に動いても僕は外さないよ」

「そんなに怖い顔しないの―”水檻(ウォーター・パック)”!」

 不敵に嗤う彼の表情が一変したのは、茜さんの声がした直後のことでした。彼女が投げた水の塊は、スナイパーの頭上で大きなゲル状の膜へと変化し、そのまま標的の体を包み込みます。

「この膜の中からは攻撃できない。つまり、キミは哲也くんの攻撃を避けられないってワケ」

 もっともっと加速しろ。ライフルさえ落とせば勝ち目はある。

 身を細くして空気抵抗を減らします。

「膜を喰い尽くせ、ヘンリー」

「絶対、間に合わないから」

 即答する茜さん。

 一方で、彼の声は意外にも冷静でした。その指示に呼応して再び大きな口を開きます。その姿は以前に”図缶(ずかん)”で確認したそれに似ていて、さながら機械仕掛けの”経尾(へび)”といったところです。

 でも、決して怯みません。

 今は一人じゃないから。

「いっけー、哲也くん!」

 絶対に叩き落とす!

 力を嘴に集中させます。

 その時、視界に捉えた彼の表情には初めて焦燥が浮かんでいるように見えました。

「急げ、ヘンリー!」

 

 パンッ!!!

 

 膜の弾ける音。

 鈍い金属音。

「ぐああっ!!」

 短い悲鳴。

 最後に残ったのは確かな感触でした。

 でも、勝負はここから。彼が立ち直る前に一気に畳み掛けます。

「歌澄ちゃん、よろしく!」

 素早く後退して、仲間に呼びかけます。

「”無力歌(スピーリトゥリス)”」

 彼女の名前は有馬歌澄(ありま かすみ)。能力は様々声色なによる精神支配です。

 そのゆったりとした歌声で、痛みに顔を歪めながら俺たちを睨んでいたシャバーナの瞳から光が消え、虚ろに変化していきます。

「もう戦わなくていいんだよ」

「ヘンリー…あとは頼ん…だ」

 呼びかられた銃は何も応えません。

 彼は静かに目を閉じました。

「これで一週間は起きないよ」

「意外とチームワーク良いッすね俺たち!」

 蔓でスナイパーを拘束してから、安堵の笑顔を浮かべる米屋さん。

「そうかな? 僕、居なくてもよかったんじゃない?―”岩落とし(ロック・オン)”」

 

 ゴンッ!!!!!!!!!!!

 

 一瞬、息が止まりました。

「あれを岩ちゃんが落としたの!?」

「強烈ッスね!」

「心臓に悪いよ」

「怖ッ…」

 下敷きになった銃は間違いなく粉々です。

 岩が落下する直前に小声で囁いたのは、岩本影隅(いわもと かげすみ)。岩を操る能力者です。

 俺には直後に響いた轟音と震動で、彼の声が最後まで聞き取れませんでした。

「そんなことないよ。岩の壁で皆を守ってたじゃん」

 歌澄ちゃんがこうやって褒めても、

「自分のためにやっただけだよ」

 素直に喜ばない根暗な奴なんです。

「ふーん。じゃあ喉の調子が整うまで私に覆いかぶさってくれてたのは? あれ結構、助かったよ」

「それは、なんとなくだよ。元から同じグループだったし」

 確かに影隅は、無防備な彼女を岩に変化させた背中で”死弾(デッド)”から守っていました。いい奴には違いありません。

 

 気づけば空は晴れ渡り、鉛の雨はどこへやら。

 シャバーナを倒したことで脅威は過ぎ去ったのです。

「カッコ良かったよ、哲也くん!」

「茜さん!?」

 呼ばれて振り向くと茜色の髪を靡かせた彼女が、うっとりとした眼差しで八咫鴉(からす)のままの俺を見上げていました。

 茜さんとは竹林地帯で出会っています。

「ありがとうございます」

 あまりの至近距離に直視できません。かろうじて捉えた彼女の頬は赤く染まっていました。

 数秒の沈黙の後、

「そういえば、この首飾りって何なの?」

 先に口を開いたのは茜さん。

 言われてみれば、何のためにあるのか解かりません。

「初めてこの姿なったので、さっぱり…」

「そっか。綺麗だなと思って」

 そう言って、彼女は再び俺を見上げます。その瞳には何か強い決意が宿っているように思いました。さっきとは、まったく雰囲気が違います。

 対する俺は彼女と出会った時と同じく、見つめ合ったまま硬直しています。あそこで、複数人の女性に囲まれた記憶が頭を過ぎりました。

「それとさ、どうして歌澄を―」

「あぁ、それ俺も気になったッス」

「よ、ヨネさん?」

 彼女の言葉を遮って話に割り込んできたのは米屋さんでした。

「き…きききき、気にな…ったって何が?」

 茜さんは、明らかに動揺しています。

 何度も言いますが、俺は硬直しています。

「何が、って…この首飾りッスよ。というかお二人さん何か変スよ?」

「気のせいよ。ヨネさんの喋り方のほうが変だと思う」

「……」

「何スか急に!?」

「ちょっと、哲也くんも何とか言ってよ!」

 それでも、その微かな音には気がつきました。

「まぁ、とにかく元の場所にどうやって戻るかを考えるッスよ」

 それは、空を切って項垂れいる茜さんをめがけて―

「危ないっ!」

 

 え?

 

 とっさに彼女に飛びつきます。

 その時、糸が切れるような感覚がありました。師匠たちと『服』を作る時に縫い合わせに失敗したのと同じように。

「哲也くん!」

「藤原さん!」

 今まで繋ぎ止めていた何かから解き放たれるような感覚。

「首飾りが壊れた」

 みんなの声は確かに聞こえます。

 ですが、体が動きません。何故か声も出ないのです。

「嘘だろ…アイツ岩を喰ったのか?」

「どうして自分で撃てるの?」

 正面に見えるのは地面に散らばった首飾りの玉と経尾(へび)に似た銃の怪物。

 倒さないと―そう思ったところまでしか記憶にありません。

『カァァーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!』

 

*

 

 反応できなかった。

「うっ!」

 気づいた時には背中に痛みが走って座り込んでたから。

「哲也くん?」

 彼の目は真っ赤

 周囲すべてのモノを薙ぎ払うように翼を羽ばたかせ、やがて彼は上空へ飛び立ったわ。

「茜ちゃん、大丈夫?」

「怪我は?」

「心配ないわ。哲也くんの翼にちょっと当たっただけみたい」

 駆け寄ってきた仲間たちに殊更明るく答えても、いつもより真剣な表情で

「ちょっと、って感じじゃなかったよ? ウチらだって突風防ぐのやっとだったもん」

 歌澄が言った。

「どうしたんスかね」

「たぶん、暴走だよ」

「暴走?」

 ヨネさんの疑問に答えたのは影隅。私に当たり損ねた弾を誰かに被弾する前に受け止めてくれた奴。

「あの首飾りが壊れたせいで、能力(ちから)のコントロールができなくなったと思う」

 哲也くんは何だか苦しそうにしてた。影隅の言う理由なら、彼のあの表情にも納得できるわ。

「そんなことってあんの?」

『カァァーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!』

 二度目の咆哮。

「まだ、なんかあるんスか」

 見上げると、哲也くんの周囲を見覚えのある玉が白く光りながら囲ってた。それは彼の鳴き声に反応して変化(へんげ)する。

 その姿は、小さくも彼と同じ八咫烏(からす)。全て変化し終えると同時にこっちへ襲いかかってきたの。

「ややこしくなってきたね」

「冗談ッスよねこれ」

 でも、標的が違ったみたい。

「あるほどね」

 小さなそれは銃の怪物の全身を黒一色に染め上げたの。

「茜と僕で彼らの援護を。米屋さんと歌澄は藤原さんを頼む!」

 早くしないと―

「分かった」

「行くよ、ヨネっち」

「それ俺の役目ッス…岩本!」

 指示を受けて、一斉に動き出しても影隅とやることは無かった。

 ドォォンッ!!!!!

 黒い物体がいきなり爆発しちゃったから。

 

 一方、歌澄たちは―

「暴れないで、てっちゃん―”脱力歌(リラクゼーション)!!”」

「"緑縄(グリーン・ロープ)"!!」

 哲也くんに突かれたり、吹き飛ばされたりしながら彼を正気に戻したわ。

「ご迷惑おかけしました…みなさん」

 首飾りもいつの間にか輪っかに戻ってた。

 

 どうして説明が急に雑になったかというと、歌澄たちの状況を私が知りっこなないし…一気にいろいろなことがありすぎて疲れたからよ。

―See You Next

スマホからこんにちは!

荒木テルと申します。小説家志望の29歳です。

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