DAY 15 ピンチをチャンスにするために

 

  抵抗しようにも力が入りません。

  ピキピキと音は小さいながらも、目の前のライフルから放たれた氷弾(たま)は凄まじい勢いで俺の全身を覆っていきます。

「さて、まずはラージさんを探そう」

 氷づけにされ、重力を失った俺の体は今やシャバーナの腕の中。

「……っ」

 意識を保っているのがやっとの状態です。

「よっ!」

 木から勢いよく飛び降りた彼は華麗な着地を決めた後、肩に背負ったライフルに語りかけます。

「ヘンリー、コイツを喰っててくれ。持ってると重くて動きずらいし、冷たいから」

 俺を喰う!?

 戦慄(せんりつ)する俺に視線を向け、彼は愉しそうに続けます。

「大丈夫だよ。コイツはキミを噛み砕いたりはしないから。丸呑みするだけで消化もしないよ。というか、させない。だって、キミは僕の大事な収集品(コレクション)なんだから」

 そう言って、肩に掛けたライフルを下ろすシャバーナ。

「コイツはただの箱さ」

 八咫鴉(からす)の標本と成り果てた俺を、ライフルのカートリッジへ近づけていきます。

 すると、銃身がグニャリと曲がり始めました。それを合図に、カートリッジと持ち手の接続部が歪に変形したのです。『銃』がまるで生き物のように、自らの意志で細長い銃身(からだ)をくねらせ、俺を見下ろしています。

「ヘンリー、よろしく」

 指示を受けた銃の怪物は変形させたカートリッジを口のように大きく開き、歪な銃身を保ったまま襲ってきました。

 丸い口に吸い込まれる直後、脳裏を過ぎったのは何故か潤美の顔。

「もっと優しくしてやりゃよかった」

 アイツは強いや。

 誰の力も借りず、自分一人で"魔黒(まぐろ)"を討った。チビのくせに怖気もせず、立派に戦って勝ったんだ。

 なのに、俺は―

 俺は為す術もなく、気力だけで意識を保っている状態。それももう限界です。

 俺も師匠みたいに仲間を守りたかった。

 最期にそんなことを思いながら俺は喰われ―

「一人だけ楽になろうなんてズルイよ、てっちゃん。"水風船(ウォーター・ルーム)"!!」

「"緑鞭(グリーン・ウィップ)"!!」

 瞬間、何かに体を押されるような感覚を覚えて目を開けると、俺の体は水に包まれていました。

「これは…」

 さっきまで体を覆っていた氷が、表面を水に包まれたおかげで徐々に融けてきたのです。

 俺の目の前にいた銃の怪物は、植物の蔓(つる)のようなものに弾き飛ばされ、勢いよく周囲の『竹』を薙ぎ倒していました。

「ヨネさんは、あと二分耐えて」

「茜は白髪の少年を頼むッスよ」

「言われなくてもそのつもり」

「岩本と有馬は俺たちの援護を!」

「分かった」

「やってみる。てっちゃんのためだもん」

 米屋さんの声に振り向くと三人の仲間が加わり、臨戦態勢。

「何やってんのヘンリー? お前がもたもたするから増えちゃったじゃん」

 シャバーナは苛立たしげに怪物となった愛銃を睨み、何やら呟き始めました。

 その隙に、ようやく融けた嘴(くちばし)で周囲の氷を砕いていきます。

「戻れ、ヘンリー」

 結局、聞き取れたのは最後の一言だけ。彼と目が合った時には、怪物は元の姿に戻っていました。

「君の死体を持ち帰ることにするよ。死後一時間なら能力が体から抜けることはないって聞いたことあるから」

 そう言って穏やかな表情でライフルを向けてくるシャバーナ。

 脚の氷を砕く時間がありませんでした。

「アンタ相手は私たちよ―"水槍(ウォーター・フォルグ)"!!」

「"竹乱舞(バンブー・パニック)"!!」

「ちょっとうるさいな」

 背後から飛んできた槍を、軽やかに宙を舞って躱(かわ)すスナイパー。俺の方を向いたまま、その気配を察知したようです。

 続いて、反転ままの体勢で四方から迫りくる、節で切れた竹の一つひとつを蹴りと銃撃で撃墜。

「あれ?」

 彼が不思議そうな表情を浮かべたのは、着地した直後のことでした

「甘いわね。その槍は標的を刺し貫くまで追い続けるのよ。特殊弾も効かないわ。それが槍に被弾する前に弾き飛ばすから」

「俺のもまだまだこれからッスよ」

「なるほど、槍に弾は効かないか。なら試しに、本当に僕に当たるのかやってみよう」

 シャバーナはゆっくりと俺との距離を縮めて、米屋さん達を振り返ります。

「進行方向を変えても当然に追ってくる。じゃあさ、僕が青髪くんと同じ位置に立ったらどうなるの?」

 当たる直前に躱したら槍は―

 その言葉は水中でもがいていても、はっきりと聞き取れました。

 だからこそ、俺は急いだのです。逃げるためではなく、チャンスを得るために。この状況を打破するために。

「岩本は少年を押し潰すッス! 有馬は藤原さんの救出を頼むッスよ!!」

「分かった」

「任せてっ!」

「"炎弾"!」

 飛び交う指示。

 零れる笑み。

 次に目の前に広がっていたのは火の海でした。米屋さんの攻撃が完全に無効化されたのです。

 その時、

「おっと」

 彼が身を翻(ひるがえ)した気配がありました。

「間に合わないっ!」

 茜さんの悲鳴で空気が一変。

「えっ?」

 

 バリーンッ!!!!

 

 その場にいた誰もが目を丸くしていました。

「やっぱり、キミは面白いね」

「危なかった」

「藤原さん!」

「でも、ピンチをチャンスにするためには今しかないと思ったんです」

「これで全員揃ったっスね」

「遅いよ、てっちゃん」

「無事だったんだね」

「すみません、皆さん」

 なんとか氷から抜け出し、着地した先にあったのは仲間の笑顔。俺もようやく戦えます。

「あのひん死状態で、槍が氷塊(ひょうかい)に刺さると同時に抜け出すなんてね。僕がその一秒までキミの前に立ってたのに」

 俺を称えるように手を叩くスナイパーは、すぐにライフルを構えます。火の海を背に彼の表情が一変しました。

「もう面倒だから、一気に片づけるね。仲間が増えたからって調子に乗らないほうがいいよ。僕が一番弱いとか思ってるでしょ?」

 まるで、燃え盛る炎の意思が乗り移ったような獰猛な笑みで俺たちを見据えていたのす。

「来ますよ!」

 反射的に叫んでいました。

 シャバーナが銃口を天に向けたと同時に身構えます。

「僕ね他人より下に見られるのが一番嫌いなんだ。奴隷って知ってる? 国の偉い奴らが、貧乏人を自分の家畜みたいにこき使うんだ。雇われた僕は死ぬほど辛い思いをしたからね…少しは報われてもいいと思うんだ」

 

 ―だから、そのために死んで。

 

 空に撃ちこまれた一発の弾丸。

 それは数秒後に鉛の雨となって頭上から降ってきたのです。

「おわっ!?」

「どういうことッスかこれ」

「解かりません」

「これは逃げても無駄みたいだね」

「これ当たったら即死みたい…」

「正解。これは"死弾(デッド)"―その名の通り、全員が死ぬまでこの弾丸(あめ)は止まないよ。ついでに言うと僕には制御できない」

「行きますよ、皆さん!」

俺たちが睨みつけると白髪の少年は勝ち誇った表情で、こう続けました。

 「これで最後だ。さぁ、始めよう。一分間のデス・ゲームを」

―See You Next

スマホからこんにちは!

荒木テルと申します。小説家志望の29歳です。

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