DAY 13 号砲

 

 生温い感触で目が覚めました。

 鼻を伝う何かの嗅いだことない異様な臭いに襲われ、苦悶してしまいました。

「んぁ…!!」

 その正体は唾液です。

 俺は味覚に疎い分、鼻が異常に利くらしいんです。

 思わず目を見開いた時、ようやく気がつきました。自分が地獄の中心にいることに。長い角を持ち、鋭い牙で人をも喰らうと言われる三頭の死鹿(しか)に円を描くようにして囲まれていたのです。

 二メートルほどある角は、潤美の能力で生成される刃によく似ています。滑らかな曲線を描いて伸びたその先は無数に枝分かれし、自らが武器であることを誇るかのように輝きを放ち、より一層鋭く感じられました。

 その目は改造されているのか、金属製の筒の中から奇妙な眩い赤の閃光を放っています。

 全身は黒で覆われ、十分すぎるほどの敵意が伝わってきました。

 意を決して『ズボン』から『銃』を引き抜いた直後―

「藤原さん、早く逃げて!」

 鋭い声と共に飛んできたのは音速の弾丸でした。

「米屋さん」

 その弾丸は、俺を囲っていた一頭に命中。長い角を見事に根元からへし折りました。

 俺も間髪入れずに、威圧してくる残りの二頭を仰向けのまま撃ち抜きます。右の角を一本ずつ失った死鹿たちは、短く呻いて立ち去って行きました。

 三頭とも一撃ずつで仕留められたからいいものの、この態勢のまま襲いかかって来られては逃げようがありませんでした。彼が来てくれて本当に助かりました。

「大丈夫ッスか? アンタ」

 手を引いてもらって立ち上がります。

「ここ、どこっスすかね」

 ここには見覚えがありました。黒鉄さんたちのいた『竹林地帯』。謎の穴から再びここへ飛ばされたのです。

「他の人は見ましたか?」

「いんや、見なかった」

「じゃあ、とりあえず捜しますか」

「そうッスね。"ロンロン"の言うことが正しければ、あと三人はいるはずッス」

「"ロンロン"って…」

「なんかそっちのが呼びやすいなと思って」

  俺たちは手分けして、仲間を捜すことにしました。

 

 なんなんだ、ここは?

 どこまでいっても、同じ景色が広がっている。視界が悪く、狩りのポイントには向いていない場所だ。

「ラージさんたちどこだろ?」

 もう、かれこれ一時間は歩いている。

「あっ、あの青髪は…」

  ゆっくりと向かい側を歩く人影が見えた。海岸にいた奴だ。今は一人らしい。仲間を捜しているのか、誰かをを大声で呼びかけている。

「どんな能力(ちから)を持ってる奴が出てくるか判らないし、仲間が増えると面倒だから片付けとこ」

 確かに狙いにくい場所だ。でも、だからどうした?

 俺たち一匹狼(ILW)は狙った獲物は絶対に逃さない。その失敗は死を意味する。集団とはいえ、それを悲しんだり憐れんだりする者は誰一人いない。どこまでも孤独なんだ。結局、最後に信じられるのは自分しかいない。

「これくらい余裕だよ」

 うつ伏せになって、ゆっくりと相手の頭へと標準を合わせる。

「起きろ、ヘンリー。朝食の時間だ。まずは"鉛弾(ノーマル)"でいくか」

 引き金に手を掛けた時点で迷いはにない。ただそれに抗うことなく、指が自然と吸い寄せられるだけのこと。

「殺(や)るぞ」

 

ボフゥンッ!!!!

 

 重厚な金属音でヘンリーが鳴いた。その直後に響いたのは、獣のような唸り声。

 "捕食弾(イーター・ブレット)"―この弾は、被弾した相手の肉体を喰らい尽くす。一度噛みついたらその牙を離すことない魔力弾だ。

 そして、それを可能にするのが俺の愛銃。こいつは、自然界に存在するありとあらゆるモノを弾丸として充填できる特殊な武器で、気分が悪いと俺の指示を無視してぶっ放す身勝手な奴だ。

「終わりかな」

 硝煙の香りを愉しみながら、青髪の姿が見えるのを待つ。

 遠く向こうに見える白煙が不自然に揺らめいた直後、そこに二ミリほどの小さな穴を穿つ。

「まだ、生きてたか」

 明らかに的外れな弾道を見送りながら、再び愛銃を構える。

「どこにいるんだ!」

 いや、声デカイし…返事する奴いると思う?

「疲れてるから早く帰りたい。あと二発で決めるよ、ヘンリー。焼き尽くせ、

「"炎弾(レッド)"!」

 弾(やつ)は牙を剥いて咆哮し、青髪めがけて放火する。その個体は掌サイズでありながら、威力は大規模な山火事に匹敵する。直径五十メートルの範囲を一瞬で竹炭に変えた。

「やり過ぎたかも」

 竹に足を絡ませ、逆さづりで眺める景色。そこに青髪の姿はなかった。

 ただ静かに黒煙が周囲を支配していく。

 

 まったく見つかりません。誰に狙われたかは判りませんが、敵は明らかに強いです。海岸で見た時は白髪の少年だけが銃を持っていたので、彼である可能性が高いと思います。

「なんとか飛べたから良かったものの、本当に間一髪だった」

 まさか、炎が目の前に飛んでくるなんて思いもしませんでした。能力と爆風のおかげで助かりましたが、死んでいてもおかしくありません。

 竹林の影に隠れつつ、相手を捜しているのですが、なんだか歩きづらいです。『痛み』の感覚がないにしても体に影響はあるようです。

「上空から探すしかないか」

 陣地を分けるように弾道に沿って抉れた地面を横目に、誰も周囲にいないことを確認して変身しました。

「こんにちは、青髪くん」

 失敗を自覚したのは、それから間もなくのことです。浮上して竹林を抜ける寸前に、ただならぬ殺気を感じたのです。急降下するも、既に手遅れでした。少年は『竹』にぶら下がってこちらを眺めていました。

「君って飛べるんだね。いいなぁ~、歩くの疲れたよ」

 面倒くさそうに頭を掻いてから、ゆっくりと臨戦態勢に入る相手に対し、すぐに変身を解いて『スナイパーライフル』と呼ばれる『銃』を構えます。

「その態勢で撃つとか焦り過ぎでしょ」

 腰を少し丸めてバランスを建て直した後、落下しながら思いきり引き金を引きました。

 

ドゥンッ!!!!

 

 落下しながら視界に捉えたのは余裕で躱して地面に着地する少年の姿。

「君はまだ戸惑ってるね。弾道を見ただけで解かるよ」

 着地した時には、彼は小さな笑みを浮かべて俺の目の前に立っていました。 

「引き金は無心で引かないと」

「お前は白髪の…やっぱり」

「俺の名前はシャバーナ。君は?」

「藤原哲也。飛ばされた空間だと互いの言葉が解かるみたいだな」

「そうらしいね」

 シャバーナは再び銃を構えます。彼が持っている銃は、俺のと形が似ていました。

 目だけで銃を持つよう促してきます。

「早く構えてよ。ここからが本番ね。十五分間好きなだけ撃ちなよ。僕はあと一発で決める」

 彼の姿が残像だけを残して一瞬で消えました。

「炎弾(レッド)"を躱したのは、素直に凄いと思う。でも、早く帰りたいから死んで」

 視線を感じて振り向きましたが、彼の姿はありません。

「…っ!」

 その平坦な響きが周囲の空気を、より一層冷たく感じさせます。

 シャバーナが疾走した気配があったのは、それからすぐのことでした。

―See You Next

スマホからこんにちは!

荒木テルと申します。小説家志望の29歳です。

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