DAY 12 穴

  

 波の音がその空白を埋めていた。

 顔の半分を赤い布で覆った大男は、その間から目だけを覗かせて敵意を露わに僕たちを睨んでくる。

 彼と共に降ってきた仲間たちは、今も体に纏わりついた”パピロン”の体液のせいで立ち上がれずにいるようだ。

『あら、ずいぶん遅かったじゃない。その体で私に近づかないでね、イル』

『そんなこと言わずに手伝ってよ、アビ姉! これ、ネチョネチョしててレヘンガの中まで入り込んできてる』

『何を泣いているの? それがアナタの武器でも、女の私には通用しないわよ。自分でやらかしたことは自分でなんとかしなさい』

『ヒドーイ! こうなったのは、あそこにいる変態マスクのせいだもん!!』

『うるせぇ、イル!』

『お帰り、ラージさん。見事に無様な登場だったよ』

『……』

「おい、もしかしてあいつらも敵なのか?」
 呆然とその光景を眺めいた僕らの時間は、その一言をきっかけに再び動き始めた。
 落胆の表情を浮かべているのは、先日、僕がキョーちゃんのキスで目覚めた時に誰よりもそれを嬉しそうに眺めていた米屋さんだった。茶髪で長身の彼が指差す先には”パピロン”と共に現れた三人の姿がある。
「敵の他に何だっていうの? あんな『服』、初めて見たわ」
「あれはインド人ですね」
 てっちゃんが短く告げる。
「インド? 何で異国の奴らがこんな場所に?」
「熊田さん曰く、この人の目的は俺たちの能力を奪うことがだそうです。そして、政府を通じてその能力を国中に広め、急激な経済成長を目論んで…」
《そんな話より、早くこいつらを殺すロン!》
 てっちゃんの話に聞き入っていた僕らは、この感触に気づくまで上空で激昂している浮遊生物のことを忘れていた。目の前の敵のことしか頭になかったのだ。そのうえ、三人も増えてはもう打つ手がない―にも関わらず、普段は青い全身を真っ赤に染めて奴は僕らに命令する。
《武装して敵を皆殺しにするロン!!》
「これは?
 奴の命令とほぼ同時に虚空から出現したのは、手に収まるくらいの黒い鉄の塊と全身を覆える大きさの織物だった。僕らは鉄の塊を自然と握り、織物を羽織る。見たことも触ったこともないけれど、不思議と恐怖や抵抗はなかった。
 黒塗りの鉄塊は、短い取っ手に細長い筒がくっついているだけの簡単な作りだ。その二つの間には小さな輪が飛び出ていて、上部から弧を描くように短い金具が伸びている。
 織物は、僕らの服と同じ素材。
 手首には小さなく輪になった布が巻かれ、下を見ると両足に藁を履いていた。
《今、お前らに渡したのは銃とリストバンド、マント、それと靴だロン。その銃はリストバンドを通じて供給された、一人ひとりの生命力を弾丸として発砲できる。当然ながら、弾数はお前ら個人のそれに比例するロンから、使用頻度には気をつけろ。タイミングを違えば、自ら寿命を縮めロンよ!》
 一方的に告げた後、触手で鼻らしき部位を掻きながら自慢げなに続ける。
《とりあえず、リボルバーを全員に一丁ずつ…あとは、能力にあった銃を貸してやってるロン。残弾は目視可能。町田進、お前試しに撃ってみロン》
 顔の赤みは薄まり、その口ぶりから見るに今は少し気分も落ち着いているらしかった。
 こちらの気分は別として。
「どうやって、撃つ?」
 言われるままに『銃』を握る。
 迷いはなかった。不本意ながら、今はコイツの力を借りるしか敵に立ち向かう術はないのだから。
 そして、これは生死を懸けた戦いになる―目の前に悠然と立ちふさがる大男から漂う殺意と、僕の人間としての本能が自らの気持ちを介さずに平然と残酷な未来を見せる。
 バァァーーン!!!!
 だが、そんな未来は打ち抜いてやった。
「……っ!!」
 ”パピロン”の示した足の形を真似て手元の金具を引いた瞬間、後ろに押し倒される感覚に襲われて僅かに記憶が飛んだ。
 直後、骨が折れたと錯覚するほどの激痛が右手に走って、僕を楽にはさせてくれなかった。歯を食いしばり、なんとか踏み留まる。
キンッ!!!!
「!?」
『まったく、いつまで寝てんの…あちらさんも、ようやく戦(や)る気になってくれたみたいだから、早く起きなさい
  「うわっ、ちょっ…進くん!? 死んじゃうとこだったよ今の!!」
 僕の弾は潤美の頭を掠め、彼女と戦っていた女剣士へと一直線―が、直撃寸前の一太刀であっさりと狙いを逸らされ、海の方角へと弾き飛ばされてしまう。凄まじい風圧で弾丸の勢いそのままに海面が激しく踊る。
『はぁ~、やっと立てるようになったけど…アビ姉、あとで着替え貸してくれる?』
『そんなの持ってきてないわ』
『えぇ~』
『なんじゃ今のぉ~~~~?!』
『やっと起きた? おはよう、ラージさん』
『まったく…年寄りをいつまで待たせる気だ。つまらんモノに捕まりおって』
 その間に敵の二人も回復してしまったようだ。もう、戦るしかない。
『舞台は整った! そろそろ殺(や)ってやろうじゃねぇか、お前ェら!!!』
「行くよ、みんな!」
《合格だロン!》
 甲高い不快音が聞こえてきたのは、キョーちゃんが周囲の士気を高めようと右手を振り上げた直後の事だ。
《それと、マントを着ている間は体が軽くなって瞬発力が上がる。お前らの日常で例えると、水に浮いてる時の感覚と同じロンね。まァ、解からねぇやつは戦闘中に思い出せ。二十秒は浮けるロン》
 そこまで言ってから周囲を見回した後、奴はさらに捲し立てた。
《町田 進、神楽坂京子、奥村英雄、藤原哲也、吉原潤美、黒鉄砂和子。今からボクが、ここにいる奴らの中から一人につきテキトーに四人ずつを選ぶロンから、お前ら六人それぞれでそのメンバーの指揮を執り、こいつらを蹴散らせ!!》
「別に別に分かれて暴れろってことか。面白ェ…!」
 奥村さんが受け取った『銃』を小脇に抱えて不敵に笑う。
「確かに、ここは狭いもんね」
「考える余地はありませんね、師匠!」
「私の事なら心配しないでね、スー君! 一人じゃないから」
 今更、怖気づくわけもない。むしろ、この『銃』と『マント』を受け取ったことで僕たちには希望が生まれた。
「みなさん、覚悟はいいですね?」
 この一ヶ月、一緒に暮らしてきた仲間も、共に戦っている仲間も想いは同じだった。
「オー!!」
 確認するまでもなく、全員が戦る気だ。
《それじゃあ、さっさと行って来いロン! 勝ったらお帰り、負けたらさよならの”バトルロイヤル”に》
「えっ?」
《それぞれ戦地では、言葉は通じるから心配するなロン》
 さっきよりは声が弾んで聞こえたが、奴の憎たらしい顔は変わらない。
 変化していたのは、奴の顏だった。額を中心に直径三十センチくらいの穴が穿たれている。ゼリー状の皮膚は異界に続く門のように円を描き、徐々に裂け目を広げていく。
「おい、あれ…」
 尋ねようとした時には、僕の体は重力を失っていた。代わりにあったのは、振り返る寸前まで耳にあった不快感。しかも、今度はり強く感じる。気がついた時には奴の触手で手足を縛られ、穴に投げ込まれようとしていた。
「おわぁ~~~!?」
『キャ~~~!!!』
『俺たちもかよぉ~~~?!』
「どわぁ~~~!!!」
 突風で海岸の砂が舞い上がり、竜巻と化す。体を支えるものは見当たらず、その場にいた全員が空間を歪ませて出現した闇の中へと吸い寄せられていく。
 バァァーーン!!!!
 腰から『銃』を抜き、威嚇射撃を試みたが、浮遊生物が動じることはない。平然と竜巻の中を漂っているだけの光景には目を疑った。
穴が消える様子もない。
 バビョンッ!!!
 目の前に闇が見えた時、竜巻の中を青白い閃光が走る。その一瞬の輝きは砂塵の中もはっきりと捉えることができた。
 だが、それは標的に届く寸前で火花を散らす。
『チッ、やっぱり簡単には殺れないよね。せっかく、黒のおじさんに会えたのに残念』
 発砲したのは、幼い顔の少年。数分前、菅野さんを殺した張本人だ。
 そして、それを止めた人影には見覚えがあった。
 黒服に身を包んだ、ガタイのいいヤクザみたいなサングラス男―あの人で間違いない。
「クマさん…」
「諸君らの幸運を祈る」
 クマさんの言葉を最後まで聞き取れた自信はない。
 僕の意識は遠く漆黒に消えた―
*
《何故、ボクを助けたロン?
「そんなつもりない。お前は能力者に倒されてこそ意味がある―それだけのことだ」
 すべてを取り戻した彼らの手によってな。 

―See You Next

スマホからこんにちは!

荒木テルと申します。小説家志望の29歳です。

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’23

11.09

06.24

03.12