DAY 11 宣戦布告

 

 どうして、こんなことになってしまったのだろうか。

「みなさん、まだ戦えますか?」

「誰なの? あの人たち」

「解かりません」

 すぐに立ち上がって隣の女性に答える。

「コイツらの狙いは、本当に俺たちなのか?」

 僕には解らない。

『能力者ってこんなもんなの? 僕、ちょっとガッカリ』

『同じく。この程度なら六人で来る必要なんてなかったじゃない』

『あまり油断しすぎるなよ。コイツらが雑魚なだけかもしれんぞ。それにまだこの島には"日本人"が大勢いると聞く』

 つまらなそうに欠伸をする少年。

 余裕の笑みを浮かべる青い布を纏った女性。

 顎鬚を蓄えた恰幅の良い老人は静かな威厳を放っていた。

 目の前に居る三人の会話が全く聞き取れないということは、この人たちは外国人なのかもしれない。何故、この場所にいるのだろうか?

 そして、何故この場所を知っているのだろうか?

 クマさんの知り合いにも見えない。

『そんなに怖い顔しないでよ、アミダーブ』

『別に怒ってなどおらん。安心するのはまだ早いと忠告しておるのだ』

『そっか、元からそんな顔だったね』

『……』

『…いや、なんか言えよ。まァ、エリックたちが来るまで遊び相手になってくれそうだから、素直に楽しむか。僕が興味あるのは黒のおじさんだけだけど』

『能力を調べないといけないから殺せないのは残念だけど、断末魔の叫びを聞くのも悪くないわね』

『とにかく、人数が増える前に片づけるぞ』

「おい、また来るぞ」

 彼らたちが何者で何の目的でここを訪れたのかは未だ不明だ。

 ただ、一つ判るのは彼らが僕たちの”敵”であるということ。あの浮遊生物と初めて遭遇した時には全く感じることのなったものが、彼らの全身から滲み出ているように見えた。

 その色は闇夜と同じ。しっかりと自我を保っていないと、そのまま吸い込まれてしまいそうだ。

『まだ戦える人は構えてください。そのまま能力を最大限まで引き出すために精神を集中させて!」

 敵は三人。僕たちは残り十人。

 圧倒的優位な状況なのに力の差がありすぎる。そんなに時間も経っていないというのに体力の消耗が激しい。

 でも、戦(や)るしかない。

 痛みに唸る同志を振り返り、再び身構える。

『いくよ、ヘンリー』

「あっ!」

 眠そうな目をした少年が何かを呟いた瞬間、構えていた一人の男性が倒れた。

「菅野さん!」

『それは普通の弾じゃないよ。被弾した人間の体内に入り込み、細菌をばら撒いて様々な臓器・器官をゆっくりと蝕んでいく対能力者用特殊弾。楽には死なせてあげないよ』

 何も見えなかった。

 男性の顔は、しだいに青ざめていく。

『この音速の弾は僕にしか見えない』

「前田さん、敵に向かって風を! 砂埃を立ててあの子の視界を奪います。周りは気にせずに、思い切りやってください。その隙に僕が彼の武器を壊します」

「任せて!」

 短髪で腹が顔の三倍ほどある巨漢の男性が体を上下に揺らし始める。その勢いに呼応するかのように周囲の景色も変化していく。

「脚力強化(ブースト・フット)! ”爆走”(ロケット)!!!」

 砂塵の中に彼を捉え、加速して一気に間合いを詰める。照準はまだ定まっていないようだ。

「0.25s」 

 今なら、この速さで十分だ。あとは確実にキメるだけ―

 巨大な斬撃が周囲を一掃したのは、そう確信して跳躍した直後だった。

『敵は一人じゃないわよ!』

 短い女性の叫び声と同時に、紐のような細長い武器から放たれた一撃が一筋の閃光と化して迫りくる。

「…っ!」

 身を捩ってかろうじて回避するも、それは勢いそのままに後方の仲間めがけて飛んでいく。

 空中で体を回転させ、動けずにいる数人の姿が見えた。

 もう、間に合わない。

 今、僕にできることは自分の無力さを憎むことだけだった。唇を噛み、思わず目を閉じる。

 脳裏に浮かぶ直後に起きるであろう惨劇が、さらに僕を追い詰める。

 

刹那―

 

「それはお互いさま!」

 聞き覚えのある声が届いて突然、襲ってきた凄まじい爆風に態勢を崩す。なんとか抵抗しようとする僕の視界に映ったのは、小柄な少女の姿だった。

 先日、魔黒(まぐろ)を討ち取った金髪碧眼の少女が小さな刃の腕で、その斬撃を受け止めている。

「潤美!」

「お待たせ、進くん! この女は私に任せて」

「分かった」

 着地してから頷いて、再び気だるげな少年を振り返る。

「ターザンさん、そこでボーッと観てないで私に強火をちょうだい!」

「うっせ~な、金髪っ子! 出るタイミグが無かっただけだ。一言多いぞバ~カ。もっと素直に頼めねぇのか?」

「今それどころじゃないってのっ! このままじ押し切られるから試してみたいことがあんのよ。他の皆も手伝って!!」

「…ったく、クソ生意気な野郎だ。ほらよ」

「あっつ~~~い!!!!!!」

「あったりめーだ」

「奥村さん、動いて大丈夫なんですか?」

 男性の方に寄り掛かりながら、彼が投げたのは炎の玉(ファイヤー・ビーズ)。複数のそれが潤美の刃に触れた瞬間、一気に燃え上がったのだ。

「あぁ。だいたい、こんな状況で寝てられっかよ。痛みは無ぇから心配すんな!」

 他の攻撃も加わって、徐々に斬撃を押し返している。そこには、襲撃された直後の十倍ほどの人数が集まっていた。

「あっちは楽しそうだね。僕もそろそろ本気でいくよ」

 少年が獰猛に嗤う。

『ワシのことも忘れんでほしい』

 身構えたところで、しゃがれ声に気づく。

 しかし、声のする方を見やっても、人の姿はなかった。そこに落ちていたのは、小さな紙の筒に刻んだ葉が詰まっているのもだった。何故だかその先端には日が点いており、煙が立ち上っている。

『ここだよ、少年』

 気づくのが遅かった。そこには、すでに太った白髪の老人が拳を振り上げて立っていたのだ。

「ひどいよ、アミダーブ。人の獲物取るな」

 殴られる―そう覚悟した時、僕と老人の間に突如として巨大な黒い翼が現れた。それは、僕を庇うように背を向けて立っている。

「大丈夫ですか? 師匠」

 見た目では判らなかったが、その雰囲気と声ですぐに気がついた。

「てっちゃん!」

「遅くなってすみません。ご無事で何よりです」

「私もいるよ」

 いつの間にか、隣で僕の彼女がピースサインで立っている。

『私の拳を片手で止めるとは…いや、片翼と言ったほうがいいのか」

「何言ってるか解かんないけど、さっさと来い』

「キョーちゃんは逃げて!」

 再び立ち上がって彼女に告げる。

 てっちゃんに加勢しようと歩き出したが、後から手を引っ張られて足を止めるしかなかった。

「スー君は体力温存してて、戦いはこれからだから」

 振り向くと、澄んだ瞳が僕を見つめていた

「キョーちゃん?」

「私、能力使えるようになったんだ! 未来視(フューチャー・アイズ)って言って、これから十分の間に起きる出来事が先読みできるの」

「これからの出来事を先読み!?」

「そう! じゃあ、私はてっちゃんの援護に向かいま~す!」 

「待って、キョーちゃん!」

 僕は訳が分からず、立ち去ろうとする彼女を呼び止める。

 すると、彼女は何か思い出したかのように僕を振り返り、

「ちなみに、三分後にクラゲちゃんと敵さんたちの仲間が三人来て、クラゲちゃんを守るために私たち全員で戦うから!」

 それだけ告げて、てっちゃんのもとへ駆け出していってしまった。僕の話なんか聞いてくれやしない。

 ため息交じりに潤美たちの方を見やると、今しがた斬撃が消滅した様子で攻撃した全員が息を切らしていた。

 青白い粒子と化した斬撃は、交わった火花と互いを打ち消し合う。その勢いよく弾け消えゆく様は、どこか幻想的だった。

「思いどおりにいって良かった!」

「あぁ。まさか、いったん解かして刃先を伸ばすとはな。やるじゃねぇか!」

「んっふふん! もっと褒めて」

 金髪少女が得意げに鼻を鳴らす。

「あんま調子に乗るなよ」

「まぁ、力を貸してくれた皆のおかげだけどね。ターザンさんもありがと」

 協力しあった仲間に笑顔を振りまく潤美。

 そんな彼女とは対照的に、屈辱に顔を歪める女剣士の目には未だ失われることない強い戦意が覗いていた。

 キョーちゃんの言うとおり、これからが本当の戦いだったのだ。

 

 三分後、絶叫とともに新たな敵が空から降ってきた。

 黒人で格闘技経験者のようなガッチリ体型の男性。

 面長でボクと似た髪色をした長身の色白男性。

 金髪を一つに結った、華やかなピンクの布を纏った美しい女性だ。

 そのあとに続き、ノロノロと浮遊生物の登場である。顔を真っ赤にして、うねる触手を僕らに伸ばす。

 黒人男性も体に纏わりついたネバネバと砂埃を取り払いながら、怒りの表情のままたちが上がる。

《こいつらを殺せ!!》

『コイツを殺せ!!』   

 一匹と一人、同時の咆哮が僕らの耳を劈く。

 正午ちょうど、開戦の火蓋は切られた―

―See You Next

スマホからこんにちは!

荒木テルと申します。小説家志望の29歳です。

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’23

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