DAY 06 衣食住を考える ③キスの味と料理対決

 

「ねぇ、スー君」

「うん?」

「この島で生き残ったら、何したい?」

「うーん、この島にも建物が増えてきたし、設備も復旧し始めてるから今はとりあえず住み続けたい」

「そうだね。ここまでやってきんだもんね! きっと、元の生活に戻るよ」

「うん、キョーちゃんのことは何があっても僕が守る!」

「嬉しいな」

 はにかんだ顔も好きだ。

 夕日を眺めていた彼女が向き直る。

「私、決めた! スー君と結婚する!!」

「えっ?」

「スー君は嫌??」

「いや、そうじゃなくて…いきなりだったから」

「じゃあ、OKってこと?」

 困惑する僕をキョーちゃんが覗きこんでくる。

 夢じゃないよな―と、一度は悟った。こんなことを彼女から言ってくるとは思いもしなかったからだ。

 だが、今確かに彼女の口から告げられたのだ。

 僕と結婚する―彼女は間違いなく、そう言ってくれた。

 ならば、僕もそれに応える。断る理由はどこにもない。確かに驚きはしたけれど、付き合い始めたその日から僕は決めていたのだから。

「うん、結婚しよう!」

 怪訝そうに見つめる彼女に、僕はキッパリと宣言してみせる。

 そう、あともう少しなんだ。そしたら僕らはこの環境から解放される。あと少し、あと少しなんだ。きっと、やれる―

「良かった」

 互いに見つめ合う。自然と笑みがこぼれた。

「絶対に死んじゃダメだからね」

 意地悪そうに言ってくるキョーちゃん。

 なんと縁起の悪いことを。だから、僕も言い返してやった。

「僕が居なくなったらキョーちゃんは誰に守ってもらうの?」

 さっきの彼女と同じように。

 すると、彼女は驚いたように目を瞬いて、

「スー君のイジワル!」

 小さな子供が拗ねるように口を尖らせた。

 仕掛けたアンタが悪い。

「じゃ、約束ね!」

「あぁ、約束する」

「約束のキスしよっ!」

 沈んでいく夕日が二人を照らす。まるで、僕らの門出を祝福してくれているかのようだ。(※二人は恋人同士です)

 陽の光に包まれながら、僕らは静かに唇を重ねた。

 

*

 

「あっ、ホントに起きた!」

 聞こえてきたのは無邪気な燥ぎ声。潤美だ。彼女は十四歳。年齢の割に容姿も態度も考え方も幼く思える。僕の苦手なタイプだ。

「……!?」

 唇に柔らかな感触を覚える。やっぱり、これは夢じゃなかった。

 余韻に浸りつつ、静かに目を開けた。

 

瞬間―

 

 僕は言葉を失う。というか、喋れる状態ではなかった。

 なぜなら、今もなおキスが続いていたからだ。キョーちゃんが夢から覚めていないのではなく、実際に熱い口づけの最中だった。しかも、優しく抱き寄せられながらというのだから、頭の中が噴火するのは当然の事。

 既に5回目で順調に記録更新中だ。この身は、彼女に委ねた。

 まつ毛の一本一本が鮮明に映る。

 彼女の髪が頬に当たってくすぐったい。

 そして、僕の中を温かい何がゆっくりと満たしていく。この感覚を僕は知っている。

 現状、判ることはそれだけ。

「おはよう! スー君」

 気づいた彼女がゆっくりと上体を起こし、笑顔で呼びかけてくる。

「おはよう」

「おはようございます。師匠」

「ようやく気付いたんだね、進くん! 良かった」

「ったく、朝から何やってんだコイツら…」 

「朝からやめてほしいわ。こういうの」

「人が倒れてる、って聞いたから来てみたらまたお前かよ」

「でも、俺はこういうの好き!」

 どうやら、僕はまた気絶していたらしい。僕らの住処である洞窟近くのいつも海岸で目覚めた。周囲にはたくさんの人が群がり、何故だか僕らは囲まれている。

「うっさいわね、アンタら! これは見世物じゃないの。どっか行きなさいよ!!」

 怒気を含んだ声が周囲を一蹴した。

「潤美?」

 いつもとは違う彼女の雰囲気に驚きながら当たりを見回す。

「そうだな。俺たちも早く『料理』作ろうぜ」

「心配して来てやったのによ」

「一位になって俺らが能力(ちから)を返してもらうぜ!」

 潤美に一喝された人たちは、次々とその場から立ち去っていった。

「ごめんね。進くん」

「どういうこと?」

「私が京子ちゃんに『キスしたら起きるんじゃない?』って言ったの」

「あっ、うん。夢かと思ったらホントにキスしてた」

「そしたら、いつ間にか野次馬が集まって来ちゃってて…」

 ん? ってことは―

「僕はみんなが見てる前でキスされてたってこと?」

「うん!」

 三人が揃って首を縦に振った。

 どうか夢であってほしい―その反応見た時、僕はようやく目が覚めた。

 火山灰よ、降り注げ!

 

 ここで状況を整理よう。

 僕とキョーちゃんは食材を採りに山に登った。

 その帰り道、探していた燐胡が見つかったキョーちゃんがウキウキで持ち帰ろうとしていると大猩羅に遭遇。縄張りを荒らしにきた輩だと勘違いされて襲われたのだった。

 そして、崖から落ちた。

 大まかではあるが、ここまでが僕の記憶に残っていることだ。

 

 さて、本題に入ろう。

「誰が助けてくれたの?」

「俺です」

 控えめに手を上げたのは青髪の青年だった。

「あぁ、てっちゃんが…って、どうやって?」

「実は俺、飛行能力が覚醒したんです」

「飛行能力?」

「つまり、てっちゃんは庭斗璃(ニワトリ)さんになれるんだよ!」

「いや、それ飛ばないし」

 潤美がキョーちゃんにツッコミを入れた。

「恥ずかしいので種類は言えませんが、形態変形(フォルムチェンジ)で鳥になれるんです」

「へぇ~、それでここまで運んできてくれたってことか」

「はい。人を乗せて飛んだのは初めてでしたけど」

「そっか。助かった!」

「いいえ、お役に立てて何よりです」

「せっかくだから、形態変形の姿見せてあげれば?」

「嫌だよ」

「そう? 結構カッコ良かったよ。じゃ、私の見せたげる」

 そう言った潤美の右腕が、いつの間にか鋭利な刃物へと形を変えていた。

「ほら、進くん。カッコイイっしょ!」

「うおっ、危ないだろが!」

 身の危険を感じたてっちゃんが、素早く立ち上がる。

「どう?」

 人は見た目によらないものである。幼女だと思っていた娘(こ)が今、僕の目の前に笑顔で刃物を近づけてくる。

 実に恐ろしい画だ。

「うん、なかなかイイんじゃないかな」

「でしょ!」

 僕はテキトーにあしらって、次の話題に移ることにした。

 

「したかったから」

 僕が質問すると彼女はそう答えた。実に解かりやすい。

「いや、だからって大勢の前でキスは…」

「だから、さっきも私が悪かったって言ったじゃん!」

「京子さんに何て言ったんだ?」

「『愛する者同士がキスをすれば、その者は長き眠りから目覚める』って、聞いたから」

「何の情報だよ!」

「だから、それが思い出せないんだよ」

「で、キョーちゃんはコイツの言うこと信じてキスしたってこと?」

「うん!」

 悪気のない笑顔。言い返す気もなくなった。

「いや~、あんな長いキス初めて見たよ」

「スー君が気絶するの二回目だったから、何か違う起こし方がいいと思ってキスしてみました!」

 おかげで、こっちは赤っ恥ですが。

 決め顔のキョーちゃんを冷ややかに受け流す。

 改めて、女子二人にはついていけないことを実感する僕であった。

「ところで、てっちゃん」

「何です? 師匠」

「さっき、誰かが『料理作らなきゃ』とか『能力は俺たちが返してもらう』とか言ってたけど、あれってどういう意味?」

「あぁ、三日後に班対抗で料理対決をするんですよ」

「えっ?」

「はい、これ進くんの分。全部、生で『食べられる』からまずは喰え、だってクマちゃんが」

「おかげで『味覚』が思い出せました」

「みんなは『食べた』の?」

「はい!」

 またみんな揃って頷いた。

「クラゲちゃんが『カレー』を食べたいんだって!」

 僕の前に置かれているのは、見たこともない『食べ物』ばかり。

 気絶している間に闘いは始まっていたのだ。

「っていうか、『カレー』って何?」

「とりあえず、キスの味しか知らない進くんはまずはこれを味わって!」

「黙れ!」

 こういう年下の悪ふざけが一番ムカつくのである。

―See You Next

スマホからこんにちは!

荒木テルと申します。小説家志望の29歳です。

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