「ねぇ、スー君」
「うん?」
「この島で生き残ったら、何したい?」
「うーん、この島にも建物が増えてきたし、設備も復旧し始めてるから今はとりあえず住み続けたい」
「そうだね。ここまでやってきんだもんね! きっと、元の生活に戻るよ」
「うん、キョーちゃんのことは何があっても僕が守る!」
「嬉しいな」
はにかんだ顔も好きだ。
夕日を眺めていた彼女が向き直る。
「私、決めた! スー君と結婚する!!」
「えっ?」
「スー君は嫌??」
「いや、そうじゃなくて…いきなりだったから」
「じゃあ、OKってこと?」
困惑する僕をキョーちゃんが覗きこんでくる。
夢じゃないよな―と、一度は悟った。こんなことを彼女から言ってくるとは思いもしなかったからだ。
だが、今確かに彼女の口から告げられたのだ。
僕と結婚する―彼女は間違いなく、そう言ってくれた。
ならば、僕もそれに応える。断る理由はどこにもない。確かに驚きはしたけれど、付き合い始めたその日から僕は決めていたのだから。
「うん、結婚しよう!」
怪訝そうに見つめる彼女に、僕はキッパリと宣言してみせる。
そう、あともう少しなんだ。そしたら僕らはこの環境から解放される。あと少し、あと少しなんだ。きっと、やれる―
「良かった」
互いに見つめ合う。自然と笑みがこぼれた。
「絶対に死んじゃダメだからね」
意地悪そうに言ってくるキョーちゃん。
なんと縁起の悪いことを。だから、僕も言い返してやった。
「僕が居なくなったらキョーちゃんは誰に守ってもらうの?」
さっきの彼女と同じように。
すると、彼女は驚いたように目を瞬いて、
「スー君のイジワル!」
小さな子供が拗ねるように口を尖らせた。
仕掛けたアンタが悪い。
「じゃ、約束ね!」
「あぁ、約束する」
「約束のキスしよっ!」
沈んでいく夕日が二人を照らす。まるで、僕らの門出を祝福してくれているかのようだ。(※二人は恋人同士です)
陽の光に包まれながら、僕らは静かに唇を重ねた。
*
「あっ、ホントに起きた!」
聞こえてきたのは無邪気な燥ぎ声。潤美だ。彼女は十四歳。年齢の割に容姿も態度も考え方も幼く思える。僕の苦手なタイプだ。
「……!?」
唇に柔らかな感触を覚える。やっぱり、これは夢じゃなかった。
余韻に浸りつつ、静かに目を開けた。
瞬間―
僕は言葉を失う。というか、喋れる状態ではなかった。
なぜなら、今もなおキスが続いていたからだ。キョーちゃんが夢から覚めていないのではなく、実際に熱い口づけの最中だった。しかも、優しく抱き寄せられながらというのだから、頭の中が噴火するのは当然の事。
既に5回目で順調に記録更新中だ。この身は、彼女に委ねた。
まつ毛の一本一本が鮮明に映る。
彼女の髪が頬に当たってくすぐったい。
そして、僕の中を温かい何がゆっくりと満たしていく。この感覚を僕は知っている。
現状、判ることはそれだけ。
「おはよう! スー君」
気づいた彼女がゆっくりと上体を起こし、笑顔で呼びかけてくる。
「おはよう」
「おはようございます。師匠」
「ようやく気付いたんだね、進くん! 良かった」
「ったく、朝から何やってんだコイツら…」
「朝からやめてほしいわ。こういうの」
「人が倒れてる、って聞いたから来てみたらまたお前かよ」
「でも、俺はこういうの好き!」
どうやら、僕はまた気絶していたらしい。僕らの住処である洞窟近くのいつも海岸で目覚めた。周囲にはたくさんの人が群がり、何故だか僕らは囲まれている。
「うっさいわね、アンタら! これは見世物じゃないの。どっか行きなさいよ!!」
怒気を含んだ声が周囲を一蹴した。
「潤美?」
いつもとは違う彼女の雰囲気に驚きながら当たりを見回す。
「そうだな。俺たちも早く『料理』作ろうぜ」
「心配して来てやったのによ」
「一位になって俺らが能力(ちから)を返してもらうぜ!」
潤美に一喝された人たちは、次々とその場から立ち去っていった。
「ごめんね。進くん」
「どういうこと?」
「私が京子ちゃんに『キスしたら起きるんじゃない?』って言ったの」
「あっ、うん。夢かと思ったらホントにキスしてた」
「そしたら、いつ間にか野次馬が集まって来ちゃってて…」
ん? ってことは―
「僕はみんなが見てる前でキスされてたってこと?」
「うん!」
三人が揃って首を縦に振った。
どうか夢であってほしい―その反応見た時、僕はようやく目が覚めた。
火山灰よ、降り注げ!
ここで状況を整理よう。
僕とキョーちゃんは食材を採りに山に登った。
その帰り道、探していた燐胡が見つかったキョーちゃんがウキウキで持ち帰ろうとしていると大猩羅に遭遇。縄張りを荒らしにきた輩だと勘違いされて襲われたのだった。
そして、崖から落ちた。
大まかではあるが、ここまでが僕の記憶に残っていることだ。
さて、本題に入ろう。
「誰が助けてくれたの?」
「俺です」
控えめに手を上げたのは青髪の青年だった。
「あぁ、てっちゃんが…って、どうやって?」
「実は俺、飛行能力が覚醒したんです」
「飛行能力?」
「つまり、てっちゃんは庭斗璃(ニワトリ)さんになれるんだよ!」
「いや、それ飛ばないし」
潤美がキョーちゃんにツッコミを入れた。
「恥ずかしいので種類は言えませんが、形態変形(フォルムチェンジ)で鳥になれるんです」
「へぇ~、それでここまで運んできてくれたってことか」
「はい。人を乗せて飛んだのは初めてでしたけど」
「そっか。助かった!」
「いいえ、お役に立てて何よりです」
「せっかくだから、形態変形の姿見せてあげれば?」
「嫌だよ」
「そう? 結構カッコ良かったよ。じゃ、私の見せたげる」
そう言った潤美の右腕が、いつの間にか鋭利な刃物へと形を変えていた。
「ほら、進くん。カッコイイっしょ!」
「うおっ、危ないだろが!」
身の危険を感じたてっちゃんが、素早く立ち上がる。
「どう?」
人は見た目によらないものである。幼女だと思っていた娘(こ)が今、僕の目の前に笑顔で刃物を近づけてくる。
実に恐ろしい画だ。
「うん、なかなかイイんじゃないかな」
「でしょ!」
僕はテキトーにあしらって、次の話題に移ることにした。
「したかったから」
僕が質問すると彼女はそう答えた。実に解かりやすい。
「いや、だからって大勢の前でキスは…」
「だから、さっきも私が悪かったって言ったじゃん!」
「京子さんに何て言ったんだ?」
「『愛する者同士がキスをすれば、その者は長き眠りから目覚める』って、聞いたから」
「何の情報だよ!」
「だから、それが思い出せないんだよ」
「で、キョーちゃんはコイツの言うこと信じてキスしたってこと?」
「うん!」
悪気のない笑顔。言い返す気もなくなった。
「いや~、あんな長いキス初めて見たよ」
「スー君が気絶するの二回目だったから、何か違う起こし方がいいと思ってキスしてみました!」
おかげで、こっちは赤っ恥ですが。
決め顔のキョーちゃんを冷ややかに受け流す。
改めて、女子二人にはついていけないことを実感する僕であった。
「ところで、てっちゃん」
「何です? 師匠」
「さっき、誰かが『料理作らなきゃ』とか『能力は俺たちが返してもらう』とか言ってたけど、あれってどういう意味?」
「あぁ、三日後に班対抗で料理対決をするんですよ」
「えっ?」
「はい、これ進くんの分。全部、生で『食べられる』からまずは喰え、だってクマちゃんが」
「おかげで『味覚』が思い出せました」
「みんなは『食べた』の?」
「はい!」
またみんな揃って頷いた。
「クラゲちゃんが『カレー』を食べたいんだって!」
僕の前に置かれているのは、見たこともない『食べ物』ばかり。
気絶している間に闘いは始まっていたのだ。
「っていうか、『カレー』って何?」
「とりあえず、キスの味しか知らない進くんはまずはこれを味わって!」
「黙れ!」
こういう年下の悪ふざけが一番ムカつくのである。
―See You Next