DAY 04 衣食住を考える ①とりあえず服着よう

 

 無人島(ここ)に連れて来られて今日でちょうど一週間。

 島のみんなは各々で集まり、ひとグループ五~六人の集団生活をを始めたのだった。ここに居る全員の名前は、まださすがに覚えきれていない。

 僕ら三人は同じグループ。新しい仲間は後で紹介するとして、大怪我した奥村さんはというとあの後、キョーちゃんの的確な処置によって一命を取り留めた。

 "パピロン”に助けを求めた僕らは山に行き、傷に効くと教わった薬草を採取。彼女自らが調合し、治療を行った。傷口はまだ痛々しいが、三ヶ月で治るという。

 彼女がここまで迅速に対応できたのは、自身の能力だからというわけではなかった。彼女の母・紅葉(もみじ)さんが医師だったおかげだろう。彼女曰く、常に物事を冷静に考え、目の前で何が起きても自分の最善を尽くしなさい―これが、紅葉さんの口癖だったらしい。

 今更ながら彼女の優しさに感心する。正直、惚れ直してしまった。

 そして、僕たちは今、新たな壁にぶつかっている。

 

*

 

「諸君たちには、羞恥心というものがないのか?」

 そんな衝撃発言が飛び出したのは『第二回 クマさん会議(キョーちゃん命名)』でのこと。

「生活の基本は衣食住だ。それくらいの事は覚えているだろう。見ず知らずの相手に裸を見られて恥ずかしくないのかと聞いている」

 二日前、偵察に来た熊田さんに言われるまで忘れていた。今、僕らは全員裸なのだった。記憶の操作は能力と技術(スキル)に関することのみ。さすがに、生活の基本くらいは誰もが弁(わきま)えているだろう。

 でも、それを思い浮かべる余裕はなかったはずだ。その表情を見る限り一週間前に比べると悲愴感はない。

 だが、未だ困惑の色は消えていなかった。実際に見ていたわけではないが、みんなの苦労は手に取るように解かる。

 変わり果てた環境。

 記憶が戻らないことへの不安。

 猛獣の脅威に怯える毎日。

 その先に見えるのは絶望だけなのだ。

 だから、今まで裸だったことに気づく余裕など僕らには微塵(みじん)もなかったわけである。

 

「ねぇ、スー君はどこまでできた?」

 僕らは今、熊田さんの置いていった『布きれ』というものを使って自分たちの服を作っている。もらえなかった人は、自分で代用品を探さなければならないのでラッキーだった。

「なかな難しいね…。女の子の『スカート』は、布と布を『結ぶ』だけでいいらしいけど、僕たちの男子が身に着ける『ズボン』って言うやつは『縫う』からね」

 そもそも当時、僕たちはどんな服を着ていたのだろうか?

 政府のお偉いさんから聞いた言葉は、どれも初耳だった(彼に対する第一印象については、あえて触れないでおこう)。これも記憶を操作されているからに違いない。

「それを言うなら、この胸を覆う『ブラジャー』っていうのも思ったより難しいよ」

 与えられた道具は『針』と『糸』、『ボンド』に『クリップ』。どれも現代人が知らないものばかり。壊滅前に使えそうな道具を、彼が〈歴史博物館〉から回収してきたという。過去の生活を知る貴重な資料だったらしいが、そんなことを言ってられる状況ではなった。

 それはそうと、こんなもので服は作れるのだろうか?

 考えていたより『縫う』という作業はハードだ。

「そういえば、『ブラジャー』って言った時のクマさん、なんか口ごもってたような気がしたんだけど…あれって何でかな?」

「さぁ…」

 とは言ったものの、僕自身もそれが気になって、さっき“パピロン”にこれの使い方を尋ねて察しはついている。確かに、僕にもこれを大声で呼称する勇気はない。というか、その答えをキョーちゃんが自分で言っていた気がするのだが。

《手際が悪いロンね…》

 面倒くさい奴が近寄ってきた。

《教えたとおりにやればいいだけロンに…モノ覚えが悪いヤツは嫌いロン!》

 僕の方を向い何かを言った後、そいつはあるかないかも判らない首を右斜め四十五度に思いきり振った。痛くはなかったのだろうか?

 まァ、その表情から察するに良くないことを言われていることは容易に想像できたが。

「おい! 早くしろよ、お前ら!!」

 ヤバイ…。後のグールプに迷惑をかけている。

「すみません…あと少し待ってください。すぐに出来上がるので」

「バカ野郎!! いつまで待たせんだ!!!」

「…」

 怒らせてしまった。

 僕たちのグループは確かに他所(よそ)よりも作業が遅れている。道具の数に限りあるため、それが行き届いていないグループは結果として待たせる形になっている。

「先にこっちに貸せよ! 俺らの方がすぐ終わるからよ!!」

「あっ、ちょっ、ちょっと!!」

 あまりにも強引すぎる。道具を横取りされたのは、何故かキョーちゃんだった。

 一番作業が遅れているの僕なのに、それは理不尽というものだ。自然と怒りが込み上げてくる。

「あの…」

「さっきから、ガタガタうるせぇな! こちとら寝てんだよ!! 邪魔してんじゃねぇ」

 僕の言葉を遮ったのは、横で寝ていたはずの奥村さん。

「あ? 寝てた奴が生意気言ってんじゃねぇ!」

「だから、その寝てた俺の分までこの分までこの坊主がやってくれてんだ!!」

「落ち着いて! 奥村さん」

「お前は黙って作ってろ! 俺はな、こういう自己中な奴が一番ムカつくんだよ!!」

 一度怒らせてしまったら、もうこの人は止められない。

「それにな…不本意ではあるが、あの赤縁娘(あかぶちむすめ)には助けてもらった借りがある。そういうのは返さねぇと気が済まねぇんだよ!」

「ターザンやめて! 傷が開いちゃう!!」

「お二人とも、やめてください。師匠と京子さんが困ってるじゃないですか」

 睨み合う二人の間に柔らかな口調で割って入ったのは一人の青年だっだ。

 彼の名前は藤原哲也。年齢は僕より二つ上の二十歳。

 長身で青髪の彼は鼻が高く、鋭い目つきをしている。

 キョーちゃん曰く、そのアダ名は『王子』。理由は言わないでおこう。僕の立場が危うくなりそうだから。

 そんな彼が何故、年下の僕のことを『師匠』と呼ぶのかというと、先日の威野獅子(いのしし)戦での僕を見ていたらしく、僕に憧れているからだとか。悪い気もしないのでそのまま呼んでもらっている。いや、呼ばせてやっていると言ってもいいか。

「貴方はこれを使ってください。俺はもう、作り終えましたから」

「誰だ? お前」

 奥村さんが訝しげに見つめる。

「紹介が遅れました。俺は藤原哲夫。先日、仲間に入れてもらいもらいました。奥村さん、まずは腕の怪我を治してください。京子さんへの恩返しはそれからでいいでしょう?」

「まァ、そりゃ、そうだけどよ…」

「分かったよ! これを使えばいいんだろ」

 彼の登場で二人の喧嘩は治まった。

 不思議だ。誰も止められないと思っていた奥村さんをこんなにもあっさりと。これが彼の能力なのだろうか?

 だとすれば、もしかしたら―

「さぁ、急ぎましょう! 師匠」

「お、おう!」

「ダメ! 進くんには私が教えるの!!」

「何故、お前が教える必要がある? 師匠の弟子は俺だけだ」

 また始まった。出逢って間もないというのに、この二人は本当に仲が悪い。

「関係ないもん。私は進くんが好きだから、一緒に居たいんだもん!!」

 おっと、ここで突然の告白!

 気持は嬉しいが、お断りする。僕の側には、愛しのキョーちゃんが―

 って、あれ?

 年下とはいえ、自分の恋人がその目の前で告白を受けたというのに彼女は無邪気に笑っているではないか。あなた、僕のカノジョですよね??

「んふふ。スー君って、モテモテだね!」

 ウインクとかしなくていいからから助けて…!

 僕は正直、この娘が苦手だ。

 名前は吉原潤美(よしわら うるみ)。十四歳。

 キョーちゃんネーム『姫ちゃん』。理由は島で出会った女の子の中で一番かわいいから。

 三日前に出会って以来、僕にベタベタとくっついてくる。

 髪は金髪で、瞳は青。

「お前にかまってる暇はない。師匠の作業が遅れる!」

「じゃ、じゃあ、進くんに決めてもらおうよ!」

「いいだろう」

 いや、全然よくない。

 僕は早く服が着たいだけだということを、誰か解かってほしい。

「で、進くんは私と哲、どっち教えてほしいの?」

 目を潤ませ、こちらに訴えかけてくる。これが嫌なのだ。思わず目を背けてしまう。

「よし、完成!」

 相変わらずマイペースなキョーちゃん。僕の必死な眼差しも、彼女には届いていない。

 僕は思わず天を仰ぐ。風が心地いい。

 ふと、何が視界を横切り、風に乗ったそれは海の方へと消えていった。

 キョーちゃんが絶叫したのは、その直後のことだ。

「ここに置いてた『ブラジャー』がない!!」

「えっ?」

 まさか―

「キョーちゃん! そっち危ない!!」

「どうしたんですか? 師匠」

「進くん、どうかした?」

 振り返った時には、もう遅かった。キョーちゃんは海へと一直線。

 だが、僕は知っている。彼女はカナヅチだ。

 だから、すぐに予想できた。この後に起こりうる事態も、その危険性も―

 彼女のすべてを僕は知っている。

 なぜなら、それがカレシというものだから。

 

 僕は裸で後を追う。

―See You Next

スマホからこんにちは!

荒木テルと申します。小説家志望の29歳です。

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