DAY 03 僕の能力(ちから)


「おい、坊主! そいつから離れろ!!」

 背後から突然の叫び声。

「奥村さん…!」

 振り返ると、色黒の肌が特徴的な四十代半ばの男性がものすごい勢いでこちらに走ってくる。その速さは年齢を感じさせない。さっき、クマさんに怒鳴っていた人だ。

「いきなりどうしたん…」

「バカ! どうしたもこうしたもねぇだろが!! 解からねぇのかよ、どー見ても人間じゃねぇ!! 森ん中でガイコツ見たろ? あれ殺(や)ったのはコイツに違いねぇ!!!!」

 唾が顔にかかる。

「興奮しすぎですよ、奥村さん!」

「うるせぇ! ゴチャゴチャ言ってねぇでお前も構えろ、坊主!!」

 まただ。

 僕に怒鳴りつけてから、奥村さんはなおも険しい表情で松明(たいまつ)を握った。

 こちらの話など耳に入っていないようだ。その視線は当然、上空を漂う浮遊生物に向けられている。

「おい、イカもどき! てめぇがこの世界をぶっ壊した張本人なんだろ? 森ん中で倒れてた奴らも、てめぇが殺ったんだろ? 何とか言えよ!!」

《火の点け方を覚えたか》

「何だ! その顔は!!」

 さらに、声が張り上がる。

「ちょっと! ターザンおじさん、私のスー君とクラゲちゃんを困らせないでくれます?」

 緊迫した空気を打ち破ったのは、またしてもキョーちゃんの声。

 少しの間放置プレイだっだのがよほど不満だったのか、凄まじい眼力でこちらを睨んでいる。

「あん? 人を変なアダ名で呼ぶんじゃねぇ!!」

 互いの視線が交わる。

「いきなり来てなんなんですか!? スー君には怒鳴りつけるわ、このクラゲちゃんが森の中で人を殺したって言うわ…第一、こんな可愛い子がクマさんの言ってた“パピロン”なわけありません!」 

「誰かと思えば、さっきこの坊主と居た嬢ちゃんじゃねぇか。悪いが言ってることがさっぱり解かんねぇぜ。俺は、この坊主にあそこにいるキモイ奴を一緒にぶっ殺そうぜ、って提案してるだけだ。じゃねぇと、俺たちが殺されるかもしれねぇしよ。だいだい、あれのどこが可愛いってんだァ?」

「あの円(つぶ)らな瞳にちーちゃなお口…そして、触り心地の良さそうなゼリー状の肌。ちゃんと見てあげてください、絶対可愛いですって!」

「二人ともやめて!! 敵は目の前にいる」

 僕は叫んだ。今はつまらない言い合いをしている場合ではない。

「敵って何よ…? じゃあ、スー君もこの子が日本を壊したって言いたいの?」

「うん」

 普段のトーンに戻った彼女に、僕は静かに頷いた。

 彼女の返事はない。少し驚かせてしまったようだ。

「よぉ~し、他に文句のある奴はいねぇな?」

「はい!」

 僕も覚悟を決めて上空に浮かぶそれを威嚇する。耳のあたりに違和感を覚えたのはその直後だった。

「うおっ…!?」

 両耳が接着剤を入れられたかのようなネッチャリとした感覚に襲われる。

「ぐっ…! 何なんだこりゃ!?」

「キャッ…!」

 二人の声が後に続く。

 耳元を見やると、そこからイカの足のようなものがニョキッと伸びていた。上空まで伸びたそれは“パピロン”の触手だったのだ。彼は眉をハの字にし、ため息をつく素振りを見せた。

《何度も言わせるなロン! ボクの名前は“パピロン”。イカでもクラゲでもないロンよ…。あと、ボクを殺すのは簡単ロン。でも、すぐに仲間たちがココに来る。そして何より、キミたちの能力はボク回収したロンから、そのボクを殺せば二度と自分のとこへは返ってこないロン》

 しっかり聞こえてきた。さっきは解からなかった彼の言葉が今度はしっかりと耳に伝わってきたのだ。どうやら、子の触手がイヤホンの役割を果たしているらしい。

《ボクはニッポンを壊滅させたロン。でも、ココの人間は殺してない!》

 彼は小さな目をカッと見開き、言い切った。

 

*

 

 新しい朝が来た。

 左肩に肩に程よい重力を感じる。微かな寝息を立てながらキョーちゃんはまだ夢の中。

 好きな人の寝顔を見るのは初めてだ。

 今、彼女は僕にすべてを委ねている―と、思いたい。

 あぁ、可愛い。天使だ。

 あぁ、可愛い。天使だ。

 大事なことなので、二度も繰り返してしまった。

 

 ここは洞窟。

 昨夜、僕らは戦わなかった。

 あの後の"パピロン”の発言をまとめると以下のようになる。

「自分は人類の未来を救うため、この国を壊滅させた。予言の力を使って人間に忠告したが、これを聞き入れなかったために、森の中で襲撃を受けて死亡した。自分は決して人殺しなどしていない」

 本当に信じていいのだろうか?

 さらに、彼はこうも言っていた―

「うわぁ~~!!」

「!?」

 突然聞き覚えなある声が入口から聞こえてきた。考え込んでいる場合ではない。

 僕は傍らの彼女を起こし、眠気眼のまま無理やり手を取って奇声の上がった方向へと急いだ。

「ちょっと! いきなりどうしたの!?」

 驚いた彼女に強引に引き寄せられる。振り返ると、やはり不満そうな顔をしていた。

「嫌な予感がするんだ!」

 そして今、この時点で大変なことに巻き込んでしまうかもしれないことを、彼女の目を見て事前に陳謝しておくべきだった。

 数十秒後、それは現実になるのだから―

「奥村さん!」

「ハァ、ハァ…何やってんだ、坊主…!? 早く逃げろ!!」

 駆けつけると奥村さんが『イノシシ』に襲われていた。肩の肉が抉(えぐ)れている。

 前にも言ったが、もう現代に『野生生物』は存在しない。だとすれば、これも“パピロン”の仕業なのか?

 オクムラが襲われる―彼の予言は見事に当たったのだ。信じがたい難いが、これが現実だ。

「キョーちゃんは隠れて!」

「…?」

 体が自然と前へ進む。

 彼は、続けてこうも言っていた―ここは弱肉強食の世界で、能力(ちから)がなければヒトは生物に喰われる、と。

「脚力強化(ブースト・フット)!」

 そして、それは保有者が強い感情を抱いた時、自然とその者のところへ還っていく。又はオモシロイと感じた者には自ら還す―と。

 おそらくは、これが僕の能力だろう。

「跳躍(ジャンピング)!!」

「スー君!!」

「…あの野郎…今、跳んだ!?」

 気づけば宙(そら)を跳んでいた。

 僕の眼が捉えたのは、『イノシシ』ではなかった。正確には『威野獅子』という生物らしい。確かに昔、図鑑で見たそれとは大きく異なっている。

 彼曰く、次の戦争に備えて人間が飼育していた、とか。

 だが、どこまで本当なのかは判らない。

「何する気だ…あいつ?」

「奴の言うことなんか聞きませんよ、絶対!! 急降下(フォール)~!!!」

 ―危なくなったら、すぐに逃げるんだロン。一人でも多く生き延びろ! そのほうが退屈しないロン♪ 

 僕は、もう逃げない!!

「踵落とし(ヒール・シュート)~~~!!!!!!!!」

 僕の足が威野獅子(てき)の頭に減り込んでいく。

 その衝撃で牙は折れ、意識を失った巨体は轟音とともに地面に横たわる。それに共鳴するように周囲の大気は荒れ狂い、木の葉を豪快に掻き混ぜた。

 捕らわれていた血塗れの奥村さんを、キョーちゃんがかろうじて受け止めた。彼女は先ほどから放心状態。

 正直、僕も驚いている。空気の抵抗も受けず、ゆっくりと着地してみせた。

「何だったの!? 今の…」

「僕にも解かんないや…」

 驚いているキョーちゃんを見て、思わず吹き出しそうになる。

 

 今日の天気は晴れ。

 僕らの一日は、まだ始まったばかりだ―


―See You Next Year

スマホからこんにちは!

荒木テルと申します。小説家志望の29歳です。

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