DAY 02 クマさんとクラゲちゃん

 

 日本壊滅…?

 この人は何を言っているんだ??

 そんなこと、あり得るはずがない。ここは、とりあず落ち着こう。

 僕は一度深呼吸してから、正面を向いた。

 黒いスーツのおじさんは、驚く僕らをよそに淡々とした口調で続ける。

「先ほど言った通り、私は政府の人間だ。“新日本政府”で第二日本(セカンド・ジパング)建国担当大臣の職を担っている」

「お前、確か前は官房長官やってた奴だよな? そんな奴が何でこんなとこに…それに壊滅ってなんだよ!!」

「いかにも、私は元官房長官の熊田だ。それと、壊滅とは言葉通りの意味だ。この世にはもう、我々の住んでいた国は存在しない。正確に言えば地図からは消えておらず、生産・流通は海外に委託してあるので問題ない。ジャパン・ブランドだけは健在だ。混乱する気持ちは解る。だが、そういきり立つな。人の話は最後まで聞くものだ。質疑応答はその後に受け付ける」

 罵声を浴びせてきた男性に、熊田さんは動じることく応対する。その口調に優しさや安心感はない。むしろ、冷ややかで無感情に思えた。聞いているこっちまでイライラしてしまいそうなほどに。

 だが、確かに今は冷静にこの人の話を聞くことが先決だろう。男性は熊田さんを二十秒ほど睨みつけてから舌打ちし、視線を逸らした。

「じゃあ、さっさと話せよ。ナントカ大臣さん」

「解ってもらえたようで安心した。では、本題に入る」

 夕日のオレンジが砂浜を染める。

 その静かな波音を掻き消すように、再び大臣の声が響いた。

 

*

 

 時を遡ること二年前―

 西暦二一五八年、八月三十一日。

 日本政府宛に衛星通信で、ある『メッセージ』が届いた。

 皆は忘れているだろうが、当時の日本には”宇宙エレベーター”が存在した。その為、比較的安価で気軽に宇宙旅行を楽しめたのだ。実際、中年層から高齢者まで人気があり、リピート率もたかかった。故に、その日届けられた『メッセージ』も普段から届くような宇宙空間に行けて感動した、無重力って面白い、といった類の微笑ましいものと思っていた。

 ところが、それは日本語ではなかったのだ。

 後日、調べてみるとその時我々と交信していたのは、未確認生物であることが判明。我々は奴の言葉の解析を急いだ。

 そして二週間後、ようやく解析が終了。

 奴は、我々にこう言っていたのだ。

 

《近々、日本人は世の理に反る重大な罪を犯すことになるロン。それは、絶対にあってはいけないことだロンから、そうなる前にボクがリセットしてやるロン!

人は決して“神の領域”に達してはいけない。お仕置きに、またゼロからのスタートだロン♪》

 

 “神の領域”に達してはいけない―当時の日本では極秘に不死身の能力(ちから)の研究が進められており、今から四年後の二二〇〇年の販売を予定していた。

 そう、我々は奴の言うとおり『神と同等の存在』を生み出そうとしていたのだ。

 その当時、この研究チームの一員でもあった私は遅いながらも自分たちが犯している事の重大さに気づかされたのだ。すぐに周りの仲間にこの事を説明し、研究の中止を仰いだ。

 だが、当然ながら未確認生物と交信した、などというオカルトじみた話を信じてくれる者などいなかった。まァ、その『メッセージ』を聞いていたのは私だけのだから、そこまで強く主張できなかった、というのが正直なところだ。

 そして、一昨日の二一六〇年八月三十一日―奴は予告通りこの国を壊滅させた。残念ながら、それを止める力は私にはなかった。本当にすまない。

 しかし、奴の動向を追いかけていた私は壊滅の日を突き止めていたため、せめてもの罪滅ぼしにと思い、政府と連携して“千人の逸材”を国中から発掘。壊滅前夜、寝ているうちにその全員をこの地に移動させたというわけだ。

 

*

 

「“千人の逸材”って何よ?」

 最初に質問したのは、左頬に二つほくろのある三十代くらいの女性だった。当然、その表情は穏やかでない。

「“千人の逸材”とは、ある能力に特化していてその『利用価値』を認められた人間のことだ。この地にはその千人しかいない。つまり、壊滅後の日本の生き残りということになる」

「利用価値…? 生き残りって…私の家族はどこ?」

「死んだ」

「えっ…?」

 強張っていた女性の表情は、その言葉を聞いて固まった。それからしばらく間があり、徐々に歪んでいく。

「何で見殺しにしたの?」

「国を再生するには仕方のない犠牲だった。だいたい、あの夜のうちに国民全員をこの地に移動させることは無理だ」

「じゃあ、もっと早く…」

「壊滅の日が判ったのはその三日前…どちらにしろ、全員を救うのは不可能だった。我々は今できる最善の策を講じたつもりだ」

「ふざけないで…!」

 彼女が声を震わせる。

「お前なァ…さっきから善人ぶってっけど、全然納得できねぇよ!! ここはどこだよ…!?」

「未確認生物って…地球の他に生物がいるのは火星と水星だけじゃないのか…?」

「俺たちはどうなっちまうんだ!!」

「家族を返して…!!!」

 僕が起きる前に聞こえてきた絶望の声が、今度は熊田さんに浴びせられる。サングラスかけているため表情は窺えないものの、眉の一つも動かさない様子を見ると何も感じていないように思える。彼は本当に感情というものを持ち合わせていないのだろうか?

 正面の生気を失った人々の姿や表情はサングラス越しにも、はっきり見えているだろうに。

「一度に質問されては答えれない。それに、私はそろそろ官邸に戻らなければならない。といっても、三百メートルぐらい離れた場所にある木造の小屋だがな」

「ねぇ、クマさん」

「?」

 隣に座っていたキョーちゃんがお尻に付いた砂を払いながら、徐(おもむろ)に立ち上がる。その視線はまっすぐと熊田さんに向けられていた。

「『クマさん』とは私の事か?」

「もちろん、そうですよ! 熊田龍二さんだから、愛称は『クマさん』。この方が呼びやすいし、顔怖いからその分ギャップがあっていいと思うんですけど」

 なんということを口走っているのだろうか?

 さっきの四つん這いで迫ってきた件といえ、今の発言といえ…今日は彼女に驚かされることばかりだ。

「不快だ、その呼び方はやめろ」

 眉をひそめる大臣。

「いいじゃないですか~。熊田さんが嫌でも、私はそう呼びます」

「…それで、用件は何だ?」

 この睨み合いはキョーちゃんの勝ち。大臣は投げやりに彼女に聞き返した。

「第二日本建国って、どういうことですか?」

「その質問は最初にされると思っていたが、ここでようやく出たな。文字通り、諸君らには、この無人島に“第二の日本”を自らの持てる能力と技術(スキル)を駆使して創ってもらう。とはいえ、それら関する記憶は、この国を壊滅させた本人の命令で、諸君らの頭の中からすべて消去させてもらった。悪く思わないでほしい。詳しい話はすべて本人から聞いてくれ。奴の名は“パピロン”。今もこの島のどこかにいる。解ったら私は帰るぞ」

「待って、最後に一つだけ」

「何だ?」

 すでに宙に浮いたクマさ…もとい、熊田さんが僕たちを見下ろしなら聞き返す。

「クマさんは私たちの味方なんですよね?」

「無論だ」

 それだけ言うと、大臣は空の彼方へ消えていった。

 

*

 

  夜、 その出会いは突然だった―

 熊田さんが帰った後、僕とキョーちゃんは浜辺に居た人たちと自己紹介し合った。

 とりあえず、しばらくの間は二人で行動しようということなり、僕らは今、その時教えてもらった森の奥の洞窟を目指している。

「どうしたの、キョーちゃん?」

 何だが落ち着かない様子で、辺りをキョロキョと見回している。

「ごめん、スー君。私、ちょっとお手洗いに…」

「トイレ?」

 彼女は小さく頷いた。さすがに、体が冷えたのだろう。

「じゃあ、誰も見てないしその辺で。あんまり遠くに行くと危ないし」

「そんなの嫌!!」

「えっ…?」

「それは、さすがに恥ずかしいよ…! 一応、女の子だし」

「大丈夫だよ、僕が後の方で誰か覗いてないか見張っとくから」

「…でも、もしかしたらスー君が振り向くかもしんないじゃん!!」

「そんなことしないよ!!」

 僕は、全力で否定する。意外と信用されていないようだ。

「本当に?」

「うん」

「分かった。ちょっとそこに行ってくるから絶対振り向かないでね」

「はい、はい」

 ため息交じりに答えてから、警戒の眼差しを向ける彼女を見送る。

 悲鳴が聞こえてきたのは、それからすぐのことだった。

「きゃ~~~!!!」

「どうしたの、キョーちゃん!?」

 熊でも出たのだろか?

 危険を感じ、急いで彼女に駆け寄る。

「ほら、見て! スー君」

 促されるままに頭上を見上げる。その彼女の目はキラキラと輝いていた。

「可愛くなァ~い? あのクラゲちゃん」

「あれがクラゲなはずないよ…」

「えっ? だって、ほら! 半透明の柔らかそうなゼリーみたいな頭に、タコの足みたいなやつがたくさん伸びてるよ??」

「あんなのが宙に浮けるわけがない。それに『クラゲ』はもう、とっくの昔に絶滅してる」

「じゃあ、君はだぁ~れ? クラゲちゃん」

 キョーちゃんが頭上のそれに問いかける。けれど、僕には奴を見た時から解っていた。

 その名前も、奴が何をやったのかも―

《ボクの名前は“パピロン”。一応、『宇宙人』ってことにしてるロン。このままじゃ、この国はヤバイことになってたから、親切に救ってやったロンよ♪》

 その言葉は理解できなかった。

 ただ、その雰囲気から敵意は感じられない。その浮遊生物はクマさんとは違い、見下ろす僕らに微笑みかけている。

―See You Next 

スマホからこんにちは!

荒木テルと申します。小説家志望の29歳です。

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