僕たちが無人島に飛ばされて約二十年。
人口は当初の十倍の約一万人まで伸びたが、そのうち特殊能力を使える四十代までの男女が四割まで減ってしまっていた。戦死の他に、熊田さんの言う過去の『スリープ期間』の長期化が人口増加しない一番の理由とされている。
今でも“パピロン”との闘いに決着はついておらず、ゲル状に覆われた奇怪な体表に傷一つ付けられていない。唯一の成果は体力の消耗のみだ。
そんな日々の中でも文明は少しずつ発展を遂げ、人類は『シェルター』という各々の箱での暮らしを獲得したのだった。
「何がいい?」
「何が?」
夕食の最中に唐突に、それだけを投げかけられたら反射的にこう答える他ないだろう。
「だから、スー君の誕生日の夕ご飯何がいいって話」
なのに、キョーちゃんは不服そうな顔で箸の手を止めて僕をじっと見つめてくる。
「今、絶対に私の話聞いてなかったよね?」
「聞いてたよ…それに、キョーちゃんの料理は何でも美味しいから選べないかも」
「そんなこと言ってさ、ごまかされても嬉しくないんですけど?」
ごまかしてはいないけど、危なかったのは事実。
言葉とは反して彼女のほころんだ表情が、喧嘩を回避できたことを何よりも証明してくれていた。
「まぁ、当日の夕ご飯とプレゼント楽しみにしててね!」
「プレゼントとかいいのに」
「ダメ~! もう、私とわっちゃんでもう考えてるもんね」
やんわり断ると、キョーちゃんがおどけた表情で軽く身を乗り出してきた。
僕の誕生日は十日後だから、気が早いと思うんだけど。
ちなみに『わっちゃん』は僕たちの愛娘・和架葉の愛称でキョーちゃんだけがそう呼んでいる。ネーミングセンスは何年経っても変わらない。
「早く食べなよ」
そう言う和架葉は、母から向けられている熱視線を躱して黙々と今日のメインの焼き魚を口に運んでいく。
それを見てキョーちゃんは我に返ったらしく、静かに腰を落した。
沈黙はそんな彼女の一口分しか続かず、
「誕生日といえばさ~私ね、高校の時のこと少し思い出したんだけど」
予想外の質問が飛んできた。
「スー君が私の誕生日にくれた最初のプレゼントって憶えてる?」
「いや」
「ハンカチだよ。そんで、次の年はネックレスくれたよね。付き合ったのがその年の夏だったけど、どっちが告白したでしょう?」
「キョーちゃん」
「即答だ!」
一瞬怯んだように見えたけど、彼女の口は加速する一方だ。
「じゃあ、付き合い始めた日はいつ?」
「いや、だから…」
「八月二十二日だよ! 何で忘れてるの?」
「キョーちゃん、今は和架葉も居るしさ…」
「別にいいじゃん! じゃあ、初キス記念日は?」
「ぐえっ!?」
「アヒルの真似で、ごまかさないで!」
いえ、味噌汁が喉につっかえたんです。
「もう~、なんなら憶えてるの?」
ヤバイ! 不機嫌になってきてる。
「ごめん」
「なら、プロポーズの言葉もっかい言ってくれたら許す」
目を見て謝っても追い打ちを掛けられる始末。
「あのさ母さん、自分の子供の前で恥ずかしくないわけ? 早く食べなさい」
言葉に詰まっていると、特急で助け舟がやってきた。ありがたや、ありがたや。
「は~い」
我が子が一番大人に見えた。
分かりやすく肩を落とすキョーちゃんを見てため息一つ。僕は静かに茶碗を置いた。
「憶えてることは少ないけど、二人と暮らしてる今の幸せ日々は一生忘れないよ」
「もう~、しょうがないな~!!」
「だから、二人ともうるさいってばっ!」
―See You Next