黒――人間の奥底に眠る憎悪を触媒に潜在能力を爆発的に底上げさせる色。すべての感情を飲み込んで一色に染め上げる。
「心色転換/黒(メンタル・リペイント/ヘイトリッド)!!」
体に絵の具が付着すると、潤美の顔つきが変わり始めた。
「う゛う゛う゛!」
何かに抵抗するみたいに静かに唸り、次第に表情が険しくなっていく。目の周りは黒く変色し、憎悪が溢れ出して全身が黒い炎のようなものに覆われる。
「いい顔になってきたわね」
潤美は何も返さない。怒りに満ち溢れた表情で牙を剥いて睨みつける。
人ではない異様さは明らかにあった。
アタシはすぐに後悔したけれど、
「どちらか力尽きるまで愉しもうじゃない!」
救われた気がした。
おばさんが傑を紙切れみたいに地面に放った時、駆けていく潤美の姿はちゃんと温かくて、頑張れって思った。安心した。
その目に溜まった涙を見て。
発光する剣を腰の辺りに構えたおばさんに潤美が容赦なく斬りかかる。
その速度は次第に増して目では追えなくなってきた。揺らめく光が少しずつ後退していってるところをみると、潤美が優勢みたい。
ただ、あの状態で戦い続けるのは怖いし、危ないし、絶対にダメ。
「皆にお願いがあるの」
アタシたちも戦わなきゃ。
「すごい、すごいわ、おチビちゃん! こんなに愉しいのは久々よ」
でも、力に意思が感じられないってのも不思議ね。誰か憑依してるのかしら?
「ありがとう――心色転換/赤(メンタル・リペイント/フューリー)!!」
ここにいる全員で戦うために、許可を得て興奮状態に。
正直、手助けになるか分からないけどほっとけない。
「頼ってばかりもおれんな」
互いに鬩(せめ)ぎ合ってる中を、白髪ザメさんがトゲトゲの付いた鉄の棒を持って走り出した。続く魚人たち。
それに気づいたのか、潤美はようやく後退。
入れ替わるようにして突進する。
おばさんも飛んで群れの中に突っ込んでいく。
不意を突かれた魚人たちは無意識に退いて、その空間におばさんが着地。
「”雷鳴斬(サンダー・ショット)”!!」
青白く光る電撃が周囲に飛び散る。
「うわぁ~!!」
一振りで前列を一蹴、
床を焦がす。
「“心色転換/緑(メンタル・リペイント/カーム)”!!」
避ける時間がなくて、緑色を塗りつけてみる。予想どおり、攻撃が当たる前に電撃が消えた。
「私には効かんな」
そう言って迸る電撃を槍で受け止めた白髪ザメさんは、おばさんめがけて投擲。
「チッ!」
そのまま吹き飛ばされて煙の中に消えてった。
白髪ザメさんも飛び込んでいく。
「う゛う゛う゛」
周りに倒れてる皆のことも気になるけど、赤(フューリー)で戦闘力上げてるから、まだ戦えるはず。
「アタシが盾になるから潤美はその後ろを…」
今は潤美を解放してあげないと本当に墜ちちゃう。
「う゛う゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「ちょっと待ってってば!!」
もう感情は薄れてきてる。
「!?」
その証拠に、おばさんを押さえる白髪サメさんを襲い始めた。
邪魔するな――と言わんばかりに。
「どういう事だ、褐色娘?」
背後の気配を感じて躱したサメさんが困惑した様子で刃を受け止めた。
「能力(ちから)の制御ができずに暴走し始めてるんだと思う!」
「…まったく、あれだけいい攻撃センスを持ち合せていながら力に呑まれてどうする。それを有効に使えて初めて自分のものになるのだぞ」
白髪ザメさんが槍を置いて、瞬時に両腕を拘束。
そのまま後ろに回して完全に動きを制止させた。
「お主の目に敵は映っておるか? お主にとって我は敵か? 力は正しく示せ」
唸る潤美の眼が
「お主の力を信じておる」
続く言葉で変わった。
「皆は下がっておれ。あとは金髪娘に任せるとしよう。我々は万一に備えるぞ」
解放された潤美が駆ける。
私だって解かってる。このままじゃ体が可笑しくなりそうだって。だから、もう考えてる暇なんてない。
「あら、お仲間さんたちから見放されたのかしら?」
―-そんなんじゃない、皆が私を信じてくれてるんだもん。
「まぁいいわ。最後まで愉しみましょう!」
――待っててね、傑君。
今の私なら、おばさんの速さにも十分ついていける。電流には気をつけないと。
腕の動きで振り下ろされる方向も予測できる。
攻めるのみ。
「う゛う゛う゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
「可愛い顔が台無しよ?」
速さは互角。
私に足りないのは力だ。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「!?」
でも押し切る!
「これだけ力が残ってるなんてね。でも、まだアンタには届かない――ふんっ!」
倒れるな。
「よく耐えたわね。じゃあ、今度は私からっ!」
相手を観察して見極めろ。
――打点を逸らして力を巧く逃がしてる?
次は左。
次も左。
正面。
左。
次は右。
正面から。
「ふんっ!」
大丈夫。完全に視えてる。
「愉しい、愉しいわ! おチビちゃん!!」
そろそろ攻めないと。
「あ゛あ゛あ゛ァァァ!!」
「呻いてるだけだと、一人で喋ってるのが虚しくなってくるんだけど」
――躱された!?
「ぐっ…!」
攻めて、攻めて…その一瞬に出来た隙を逃さない。
「目を抉られるかと思ったわ」
頬を掠っただけか。なら次は――"無限両断・両刃(エンドレススライス・ダブル)”!!
これでちょっとは優勢かも。
「ぐはっ…」
――脇腹と足の左右に一撃ずつ…さすがに両手乱れ撃ちはキツイ。
「”雷鳴斬(サンダーボルト)”!!」
――少し離れてもらうわ!
「ぐう゛う゛う゛!」
刃に電気を溜めて間に、
「戦いの中で進化できるって凄い才能よ。ずっとこうしていたいけど、そろそろ終わりにしましょうか」
――ふん、そんなのいつまで持つかしら? すぐ感電しちゅうわよ?
「う゛う゛う゛あ゛あ゛!!!」
"鷹の爪(ホーク・ナイフ)”で距離を詰めて一気に畳み掛ける!
――余分な電流をオーラに吸収させて打ち消すなんて…何この力!?
「面白すぎる!」
ここまで来たら、なるようになる。
足を止めるな――"鷹の爪(ホーク・ナイフ)”!!!
おばさんは、絶対に許さない!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ァァァ!!!」
「上等よ!」
――やさしく殺してあげるわ。
まずは両肩を裂いて手の動きを止める!
「いくら速くても、モーションが大きくて見え見えよ―暗点光斬(ダークネス・ライト)!」
――この暗さの中で電流をオフにすれば一瞬、私を見失うはず。たとえ避けられても、同じ速度で剣を振るえば隙ができる。その瞬間、傷口に電流を流し込む。
「ぐあっ!?」
すぐに背後を狙ったのに消えた?
「こっちよ、おチビちゃん!」
声に惑わされて、その音には気づけなかった。
「”入電(フォトジェネシス)”!!」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ァァ!?」
痛みを感じた直後に手足の感覚は消え、しばらく体が宙に浮いてる感じだった。
景色が変わって、地面に倒れてることに気づいた。
立ち上がろうにも視界が揺らいで、足を踏ん張ることもままならない。再び倒れた時、踵を刺すそうな激痛に襲われた。
「あれだけの電撃をまともにくらえば、そりゃ麻痺するわよ。意識があるのが不思議なくらい」
立たないと殺される。
力を貸してくれたココロや魚人の皆のためにも私は勝つ!
「よく立ったわね。生まれたての小鹿みたいになってるけど」
何も考えるな!
とにかく走れ!!
「う゛う゛…あ゛あ゛あ゛~!!」
“無限両断・両刃”!!
―“暗点光斬”が競り負けてる!?
もらった!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
「うがっ!?」
―骨まではいってないけど右肩を抉られた。出血量的にも、そろそろ限界ね。
「”雷鳴斬”!!」
「う゛あ゛あ゛!」
ここで、さっきのをぶちまける――“雷刃”(サンダー・ブレード)!!!
「ぎゃああああああああああああああああ~!!!」
――こんなのどこに溜めてたの!?
そして、これで最後――“大断刃(デスサイズ)”!!!
神経を片方の刃に集中して一本にすれば出来上がり。
あとはこれを頭上から思いっきり振るう!
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ァァァ!!!」
「あ゛っ!?」
その結末に息を呑み、周囲を静寂が包み込む。
潤美の背中が遠くにある。
右の刃から滴る雫に視線は落とさず、じっと正面を見据えていた。
「潤美!」
呼びかけても返事はない。
駆け寄って数秒で、そのことを後悔した。
敗北したおばさんのなれの果てが目に飛び込んできたから。
胸から上が見事に胴体と分離し、その表情は驚愕の瞬間を切り取ったまま赤い空間に沈んでいた。
無の時間が流れる。
「ご苦労。大したサポートもできず申し訳なかった」
それは白髪ザメさんの言うべき言葉じゃない。
「ごめんね、潤美。いろいろ負担かけちゃったし、黒を塗りすぎたかもって…」
「アンタこんなに強かったのね。見直したわ!」
「だいぶ体力消耗してんだろ? 俺が負ぶってやろうか?」
力也が肩に手を置いた瞬間、
「があ゛あ゛あ゛!!」
低く唸った潤美が力也の胸を切りつけた。
「おわっ!? お前な…親切で言ってやってんのに殺す気かよ! てか、そのデカイ刃しまえっ!!」
「があ゛あ゛あ゛あ!!」
「唸ってるだけじゃ分かんねぇよ。ちゃんと喋ろ!」
そこからは悪夢を見ているようだった。
「がぶあ゛ああああああああああああああああああああああああァァァ!!!」
声にならない声で雄叫びを上げた潤美の全身から先端の尖った針のようなものが何百本も生えてきた。
怒りを剥き出しにした表情で迫ってくる潤美。
牙を覗かせた、その怪物じみた姿に唖然とした。恐怖よりも驚きと罪悪感が頭を駆け巡る。
「何で…?」
誰に問うでもなく、頼りない言葉が零れた。
覚悟はしていたはずなのに。
その場から動けなくなる。
「ダメだ、吉原さん!」
「があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
朧げな視界に映り込んだのは、傑の背中。
気を失っていたはずの彼が私の前に立っていた。
文字通りぶつかり合う二人。
傑は下がることなく、肩を押さえていた手をゆっくりと腰へと回す。自身の腹に刺さる無数の針も気にせず、抱き寄せて包み込んだ。
「不安にさせてごめん。もう、大丈夫だから」
囁くように潤美に告げたから、二人だけの時間が続いた。
やがて傑が力尽き、それに気づいたかのように正気に戻った潤美が抱き止める。
直後に溢れ出す感情。
人目も憚らず、泣き叫ぶ。
その瞳は澄んでいた。
白髪ザメさんが傑を担ぎ、落ち着いた潤美にアタシの肩を貸して環境大臣室の二つ隣の救護室へと急ぐ。
「ちゃんと歩きなさいよ!」
足取りの覚束ない潤美を見かねて彩華さんがもう片方を支えてくれた。
魚人の戦闘員たちは解散し、リッキーとハリセンさんが後に続く。
「長期戦、誠に号苦労じゃった。彼奴(あやつ)を討ち取ってくれたことを心から感謝する」
扉を開くと、赤いカメのおじいちゃんがアタシたちを見て頭を下げた。こちらもつられて真似をする。
その後ろでは向かい合わせでたくさんの寝床が並んでいて、倒れた怪我人たちの呻き声が響いていた。
白髪ザメさんが開いてる寝床に傑を寝かせると、白い服を着た魚人が三人現れて目を丸くする。
「こいつらが件の『人間』ですか?」
「無礼じゃぞ、口を慎め! この方たちは、海底の未来をお救いくださった恩人じゃ」
「申し訳ありません、長!」
一喝された三人は慌てた様子で治療を始めた。
「ワシの軽率な考えがこのような事態を招いてしまった。改めて謝罪する」
それを見届けたおじいちゃんが再び頭を下げようとした時、
「謝るのは私たちのほうだよ」
潤美のささやくような、それでいて真っ直ぐな声がその動きを止めさせた。
驚いた様子でおじいちゃんが顔を上げる中、
「ココロも彩華さんもありがとね…もう、一人で歩けるから」
潤美はアタシたちの肩を離れてゆっくりと歩み寄る。
「勝手に巻き込んで、お城グチャグチャにしてごめんね」
「それを戯れとして利用したのはワシじゃ。あの女があそこまで傍若無人とは予想できんかった。結果的にお主らを傷つけてしまったことに変わりなかろう」
「だとしても、カメさんが謝るべきなのは魚人さんたちだよ」
おじいちゃんだって分かってる。それでもアタシたちのことを最優先にかんがえてくれたんだ。
「確かにそうじゃ。海民および戦闘部隊から多くの犠牲者を出してしまったのもワシの責任…特に部隊の生き残りは、ここにいる二人だけになってしまった」
「仲間を失ったことは残念ですが、これは我々の実力不足が招いた結果です。侵入者を甘く見ていました」
今度は、目があった白髪ザメさんが頭を下げた。
「予選を勝ち抜いた十人を鍛え上げて、この二人で鉄壁の戦闘部隊にしてみせますよ!」
自分を奮い立たせるように宣言して、拳を握るトゲトゲおじさん。
白髪ザメさんも力強く頷く。
「任せたぞ」
それを見ていたおじいちゃんに、ようやく笑顔が戻った。
「あのさ…マッチョ兄さん、あの話の続き聞かせてよ。昔、お喋りができる”嘉邁(かめ)”さんがいた――って話」
それを聞いたサメさんがため息をついて、おじいちゃんに視線を送る。
「構わん」
すべてを察して歩き出した。
軽い治療を受けた後、傑を残してアタシたちが通されたのは、看護師たちの休憩室で今は誰もいない。
「いずれ、お主たちには話そうと思っていたことじゃ」
向かい合って座った私たちに、おじいちゃんがゆっくりと語り出す。
古より海底に伝わるという"竜宮伝説”を――
*
三百年前――
海の生物たちから見れば、龍の存在は恐怖。そのため、彼らは多く魚たちの目に触れることの少ない海底を棲み処としとった。
そんな中、”嘉邁”は古来より竜宮城に仕える種族で代々、住み込みで千年生きるという龍の一族・竜宮家の身の回りの世話を任されておったのじゃ。その一人娘・乙姫の世話をしていたのがワシの祖父。
「地上に遊びに行きたい!」
二百歳を迎えてようやく大人の仲間入りをしたと言っていい年齢だが、彼女はまだ幼すぎた。
わがまま娘に毎日振り回されていたが、その日のお願いはいつもより遥かに度を越えて凄かった。
何度止めるも聞き入れず、祖父自身も地上に興味があったため、二人は一緒に行くことしたそうじゃ。
「ちょっと買いたいものがあるから街まで行ってくるわ」
「お待ちください、姫様! もっと安全な場所を散策された方が…」
「嫌よ! ようやく海の底から出てきたのに軽く散歩するだけなんて…少し歩けば楽園(パラダイス)があるんだから!」
忠告を無視した乙姫は、自らの能力で人間の姿へと変身した後に祖父を放置して町へ繰り出してしまった。
夕刻、街を満喫した彼女が海辺へ戻ると、待ちくたびれて弱り切った祖父を青年に介抱してくれていたという。
その青年に一目惚れした乙姫は「お礼がしたい」と竜宮城へと連れ帰ったそうじゃ。
他人との交流もできず、長年幽閉状態にあった彼女にとって一人の青年との出会いは刺激的で毎日のように会っては、人間たちの言うところの『デート』なるものを繰り返しておったとか。
そのことは当然、竜王様の耳にも届いておったが、娘の性格からして反対して聞き入れないと解かったうえで束縛はなさらんかった。異種族同士というこで、相当な不安があったことは想像に難くない。
じゃが、少なからずこれまで彼女に対して罪悪感があったのじゃろ。
出会って五年後に二人は結婚。
竜宮の血を引く者は『自身の願いを一つ、他人の願いを三つ叶える力』を持つ。
そんな彼女の願いは沢山の子宝に恵まれることじゃった。その願いが強かったからなのか、二人の間に龍以外にもは様々な種の子供が生まれ、全員が漏れなくヒトの血を引いていという。
つまり、我々海底人の歴史は乙姫の子供から始まったのじゃ。
総勢50人。その子育ては予想以上に大変で、海底を出て遊び回る子供たちを追って魚たちと出くわすことも多く、トラブルは日常茶飯事。
日常生活において最も困難を極めたのが食事で種がそれぞれ異なるうえ、乙姫は料理が苦手だったらしい。
それでも幸せな日々は続き、子供は成長。
将来を考え、二人は子供たちと共に地上で暮らすことを決意したそうじゃ。
じゃが、さすがの竜王様もこれには強く反対され、彼女は勘当同然で新しい生活をスタート。
運命の歯車が狂い始めたのは、この頃からじゃった。
ヒトとして暮らせば家族でもっと自由に――その願いは龍の血を引く乙姫でも叶えることはできなかった。千年を生きるという龍とヒトの寿命には差がありすぎたのじゃ。
加えて、城に長居したことも青年が急死した原因と言われておった。地上での生活は三十年たらずだったと聞いたぞ。
更には子どたちと城へ帰った直後、失意の乙姫に追い打ちをかけるように竜王様が病気に。主な原因は娘を心配しすぎたことにあるとされた。
彼女は反省し、心を入れ替えたように子育てに専念。
以来、今日まで竜王様の命により、代行でワシの父の代から”嘉邁”が繁栄しはじめた海底を治めているのじゃ。
*
結婚は想像できないけど、大事な人がいなくなったら凄く悲しいってことはすぐわかる。子供たちがいたらずっと落ち込んでるわけにもいかないよね。
アタシだったら――
「今、乙姫ってどこににいるの? 一度でいいから会って話したい」
そう思った瞬間、潤美が立ち上がった。同じ気持ちだ。
「残念ながら、ワシらもここ五十年くらい姿を見とらんのじゃ」
「そうなんだ」
「城内におるとは思うのじゃが…」
「運が良ければあえるかもしれぬがな。それとこの伝説と乙姫については他言無用で頼む。長と第一部隊しか知らんことだ」
白髪ザメさんも立ち上がってつけ加えた。
「これこれお主ら、まだ話は終わっとらんぞ」
扉に向かう私たちにおじいちゃんが近づいてくる。近くで見るとやっぱり小さい。
「何、カメさん?」
「お主らに礼と歓迎の意を込めて宴を開きたいと思っておるのじゃが、参加してはくれんかの?」
「『宴』って何?」
屈んで尋ねる潤美を見てポカンと口を開けたまま動かなくなった。
「お主ら、宴を知らんのか!?」
「うん、初めて聞いた」
「信じられんのう…簡単に言えば、大勢で食事をすることじゃ」
「なるほどね。歓迎してくれるのはありがたいけど…死んじゃった人がたくさんいるのに、私たちだけ楽しんじゃっていいのかな?」
素直に喜べない気持ちは、よく分かる。
「犠牲者を想ってくれる気持ちは嬉しい。であれば、共に勝利を分かち合い、楽しく弔ってやるのも悪くないと思うのじゃが」
おじいちゃんが真剣な眼差しで続けた。
その後、笑顔に戻って潤美の返事を待っていると、
「それに、こちらがもてなしたいのだ。腹は減っておらんのか?」
白髪ザメさんも説得してきた。
「確かにこれだけ動いたの初めてだったからお腹へったけどさ」
「ならば、断る理由は無かろう」
「そこまで言うなら…参加させてもらうね」
潤美の視線に私たちも頷く。
半ば強引な提案に思ったけど、ゆっくりできるのは嬉しい。
「宴会の前に大浴場に案内してやろう」
『大浴場?』
初めて聞く言葉に全員の声が揃った。
「そこには、僕が案内するよ」
任せとけ、と言わんばかりに手を上げて案内役を引き受けてくれたのは、トゲトゲおじさん。
戦ってる時はまんまる太っちょさんだったけど、今は嘘みたいほっそりしてる。
「一番上の塔だから少し遠いけど、行きつく先はまさに天国(オアシス)! 皆、僕について来い!!」
握りこぶしにキメ顔を向けてくるテンションには、ついてけません。
さっきまで、よく黙ってられましたね。
大浴場は体を洗ってお湯に浸かり、寛ぐ場所らしい。
無人島に来てからそういうことをしてなかったから、すごく楽しみ。新しい服も用意してくれてるとか。
「ここを真っ直ぐ進んで、曲がり角を左に2回曲がった先に見えてくる正面に浴場がある。本当にデカイからびっくりするぞ!」
塔に着いても変わらないテンションのトゲトゲさん。
(あれ?)
少し離れて歩いていて一つ目の曲がり角を進んだところで横を振り向くと道を挟んだ向こう側をヒョロヒョロッとした何かが通りすぎていった。
「潤美!」
小声で呼び止めて一緒に追うことに。
狭い通路に行くのを見てその後ろに続く。
「誰ですか?」
アタシたちの気配に気づいて振り向いた姿に一瞬息が止まった。
怯える声に威圧感や恐怖はない。
でも、目の前のいる圧倒的大きさを誇る存在に思わず同時に叫んでしまう。
「「龍だ~!!」」
「大声出さないでください」
青い体に黄色い腹、角と髭を生やしたその姿は、ドレスのおばさんが従えてた『ドラゴン』にそっくり。体長も同じくらい。違いと言えば、背中に翼が生えてることだった。
「私は潤美で、こっちがココロ。あなたの名前は?」
驚いてる間に質問が飛び、相手はしばらくアタシたちの顔を眺めて、
「私は…」
「うん!」
ようやく答えてくれた。期待の眼差しを向ける潤美に向って。
「私は竜王の一人娘で乙姫と言います」
「えっ…!?」
たぶん…いや、確実に。
想像する大浴場の広さに対する驚きを、百倍以上は軽く超える衝撃に言葉を失った。
―See You Next