着地してすぐの振動にココロを落としそうになる。
「ちょっ…何!? いつまでこのままなの、アタシ? だいたいね、飛ぶ前に下ろしてよ!!」
白髪マッチョさんが立ち上がる。
「ホントうっさいな~」
一回くらい落とせばよかった。
希望通り下ろしてる最中に、
「おい、丸っこいおじさん! 大丈夫か?」
「ちょっとリッキー! 勝手に…」
おばさんの気配が。
駆け寄っていく背中に咄嗟に叫ぶ。
「おわっ!」
青白い斬撃が鈍い音と一緒に床を抉った。そこには誰もいない。
私の目の前を通り過ぎていったリッキーが、攻撃を受ける直前に彩華さんの舌で巻き取られたのが見えた。そこだけ時間がゆっくりと流れているように。
そして、もはや恒例となっているお説教タイム。
「アンタはもっと周りを見なさい。人を助ける前に自分が死んだらどうすんの!」
「ごめん」
「私たちはチームなんだから、勝手に動かれると迷惑なの!」
「もう解かったから…てか、その顔やめて! 喰われそうで怖いから」
確かに、それは言えてる。
彩華さんはカメレオンに変身すると、目が大きくなって周りが黄色に変化する。それだけでも気持ちわ…もとい、不気味なのに目玉まで線みたいに細くなるから。
「私だって、こんな姿は嫌よ。誰のせいで毎回こうなってると思う?」
「今度からは慎重にね、リッキー」
「まぁ、そんな怒んないで彩華さん。力也もあの人が心配で」
「「ココロは黙って!」」
「うわぁ、二人とも声揃っててウケるんですけど! 練習したの?」
人の気も知らずに爆笑しているココロを見てると、自分が馬鹿らしく思えてくる。気づけば、彩華さんと顔を見合わせてため息を漏らしてた。
「待たせてごめんね。だいぶ疲れたでしょ?」
作戦を伝える前、白髪マッチョなお兄さんに挨拶代わりに尋ねると、
「まったく問題ない」
心外だ、と言わんばかりに睨まれた…気がした。
「さっさと、奴を倒さねばならんのだ。協力してくれるか?」
「いいよ、最初からそのつもりで来たもん!」
トゲトゲおじさんも復活してきたところで二人に作戦を伝える。
「何をこそこそしてるの、おチビちゃん? あんまり待たされるの好きじゃないんだけど」
”龍竜巻(ドラゴン)”に乗ったおばさんが退屈そうに見下ろしてくる。
「別にこそこそしてないし、戦いたくもないけど…おばさんが自分勝手にみんなを傷つけるなら、私はそれを止める」
白髪マッチョさんの頭に乗せてもらって、おばさんと向かい合った。
「立派な正義感ね。脱帽だわ。でも、過信からの観測的希望が生み出す結果は絶望だけ。人間には身の丈ってもんがあるの」
リッキーと彩華さんは私と一緒に攻撃を、ココロには精神面でサポートをしてもらう。その最中におばさんの不意を衝くこともできると思うから、トゲトゲおじさんには万が一のために彼女の護衛をお願いした。
「どういう意味?」
「おチビちゃんは、私に勝てないってことよ!」
私は知ってる。
その絶望の先を。
だから――
「そんなのやってみないと分かんないでしょ?」
「なら教えてあげる。力のある人間と、ない人間の差をね!」
「おばさんこそ過信してるんじゃない? 力の差があるって言うなら手加減なしでいくから!」
私たちは同時に跳んだ。
青く光る剣が顔に迫ってきて、振り下ろされる前に右の刃物を突き出す。目の前で火花が散っておばさんと目が合った。
勢いは殺されて相撃ち。
これだけ血を流してるのに、圧し掛かる勢いで凄い力が伝わってくる。押し潰されそう。
両手なら――なんて過ぎったけど到底、敵わなかった。両刃でも力負けとか言う前に左手すら出せないうちに体が軽くなる。遠ざかるおばさんの顔を見て自分が落っこちていってることに、ようやく気がついた。
落っこちてる開、余裕ぶったおばさんの顔が頭から離れなくてイラッとした。こうなったら、着地だけでも綺麗に決めたい。距離は十分にあるもんね。
あと少し待って――ここで体を…?
「おわっ!?」
何で風が?
「ちょっと鼻息やめてよ!」
体の自由を奪われた原因が虚しい。
無抵抗で飛ばされること数秒後、
「ありがとう」
無事にマッチョな体で受け止めてもらった。
「危なっかしくて見ておれんな」
力でダメなら、次は速さで!
「白髪マッチョさん、私をあの人めがけて投げてくれる? やってみたいことがあるの」
少し驚いた様子で、マッチョさんが掌に立つ私を見つめる。
背後で”龍竜巻”が吠えた。その威嚇にも似た咆哮で地面が揺れて瓦礫を量産してく。振り向くと、空気が殺気でどよめいてる気がした。
「本気なのだな?」
眉間にしわを寄せるマッチョさん。
「うん!」
握られた手の中で私はしっかり頷いた。見事に手の中に納まったから、実際には声しか聞こえてないと思うけどね。
「いつでもいいよ! 思いきりやって」
「承知した」
できるだけ体を丸めて発射の瞬間を待つ。神経を右手に集中させて刃を磨く。絶対に失敗できないから――
「「“手榴裂弾(セイバー・グレネード)”!!」」
その手から放たれた私は曲線を描いておばさんの横腹を目指す。
風を感じて数瞬、的を捉えて刃を構える。
[サメのお兄さんの速さなら一度経験してるわ!」
青白い光を躱すのは余裕だった。光の余韻を感じながら軌道を変え、風となって猛進。
―-―ッ!
一閃。
静かに刃を入れ、通りすぎる。
「ぐあ゙あ゙あ゙ぁぁぁぁ!!!!」
マッチョさんの手を離れて地面に着地すまでが本当に一瞬で、今では思い出せないくらい。
おばさんの絶叫はしばらく続いた。
刃を伝う血を見ていると、最後に見たぉさんの顔が脳裏を過ぎる。驚きながらも敵意に満ちた仰々しく見開かれた眼。
その時、何を思ってたのか私には分からないけど、鬼気迫るものがあった。
振り返ると、おばさんは地面の血だまりの中に横たわっていて動く様子はない。
カメレオンの舌で巻き取られた”龍竜巻”は巨人の一撃で消滅。
ドレスのお腹の辺りはボロボロに引き裂かれ、そこから覗く傷を見て衝撃の凄まじさを初めて実感した。
今は何も考えちゃダメ――そう意識すればするほど、刃から地面に零れる血の音が耳に大きく響いた。
「よくやったわ、潤美」
芽生え始めた罪悪感を払拭してくれたのは、彩華さんの言葉。
「まだ、気ィ抜くなよ。なんなら、あとは俺が…」
そう、リッキーが言うように覚悟はしてたはずなのに、私は迷ってた。
でも――
「ありがとう。ちゃんと自分で決着つけるから」
この仲間がいれば、何があっても大丈夫って思えた。
後ろで待機してるココロは、おばさんを見て震えながらも、私を見つけると大きく頷いてくれた。それだけで嬉しかった。
ココロに微笑み返して前を向く。
「いけるか?」
「うん」
マッチョさんに答えて歩き出した。
「やってくれるじゃない」
予想はしてたけど、立ち止まる少し前で掠れ声がした。おばさんは死んでない。
立ち上がったおばさんはココロへ一直線。
止めようとしたけど、
「ふんっ!」
刃先を掴まえれて、そのまま反対側に投げ飛ばされてしまった。
「あうっ!」
後を追おうにも、打ちつけた腰の痛みが勝って動けない。仰向けのまま、目だけでおばさんの行方を追う。
「“心色変換/緑(メンタル・リペイント/カーム)”!!」
ハリセンさんを蹴り飛ばしたおばさんにココロが放ったのは、戦意を喪失させて平常心に戻す緑の絵の具。
「チッ!」
舌打ち交じりに躱した直後の行動は誰も予想してなかった。
後ろに下がって、もう一度地面を蹴ると、天井の穴に吸い込まれるように二階へ。
「私に掴まれ! 追うぞ」
険しい表情で叫ぶマッチョさんの声に皆が顔を見合わせる。
「うわっ!」
立ち上がるより先にその屈強な体に張り付けられた私を筆頭に、全員を抱えて軽々と飛んだ。
「今度は、いきなり何~!?」
まぁ、今回はココロの気持ちも分からなくもない。
*
急に飛び上がったり、下りたり…ホント心臓に悪いって。
「あのさ、白髪ザメさん!!」
「すでに遅かったか」
「えっ?」
ちょっと文句でも言ってやろうと思って声に振り向いてから、自然とその視線を追っちゃった。
アタシが見ちゃいけなかった。こんなの誰も見たくないよ。
「どういうこと?」
それ以上の言葉が出ない。
だって、天井の穴を挟んだ向こう側の魚人たちが人形みたいにたくさん倒れてたから。
「本当になんなのこの人たち…私は、ここに逃げてきただけなのに急に襲ってきて」
「私たちの仲間に何をした?」
アタシが振り向くより早く、白髪ザメさんが後ろに立つおばさんを威嚇。
「相手をしてあげたの。どう考えても悪いのは襲ってきた人でしょ?」
おばさんは呆れた様子で言って、
「まぁ、一人一秒で片付いたけどね」
こっちを睨み返してきた。
お腹を気にしてるから痛みはあるだろうけど、さっきまで倒れてたとは思えないくらい余裕そうに肩と首をポキポキ鳴らす。
「くっ…」
白髪ザメさんの腕に力が籠る。
「――ふんっ!」
先に飛び掛かったのは潤美だった。
おばさんの放つ異様な空気感。
目には見えないけど確かにそこにあって、気づいたのは私だけじゃないと思う。
「ぐあっ!」
無表情で潤美を蹴散らしたおばさんは、何かを見つけて歩き出した。
「そうそう、この子っておチビちゃんたちの仲間よね? 服も似てるし」
最悪の光景は続く。
その手には目を閉じた傑がいた。首を掴まれてダラリと脱力してホントに眠ってるみたいに。
「おばさんの標的は私でしょ? 何でこんなことするの?」
それを見た潤美が俯きながら呟く。
「私の邪魔する奴は皆殺し――それだけよ」
「そう、分かった」
静かに答えた潤美が、アタシに近づいて耳打ちしてきた。
「アンタの作れる最強の色で私の力を底上げできない? 全力で倒したいの、お願い」
思いついたのは初めて作る色。
すぐに嫌な予感はしたけど、
「分かった。すぐ作るから!」
金髪から覗く眼を見ちゃったら止められなかった。
―See You Next