最後に肉眼で捉えたのは白くて巨大な何か。
声も出せぬまま、暗い闇の中に吸い込まれていく。背中に伝わる嫌な感触が現実に引き留めていた。そう、私はまたも巨体に呑まれようとしてるの。
「離れなさい!」
「そう怖い顔しないでさ、隊長の口の中でゆっくり話そう」
でも、今はこのアナゴ坊やをなんとかしないとい苦しくなってきた。
「あんたの相手をしてる暇はないの」
能力者でもなければ、私のウルミに意思はない。
戦闘センスが秀でて良いわけでもない私が誇れることと言えば、タイミングを見計らって相手の隙を衝くこと。
呑まれる直前、坊やは安堵で必ず気が緩む。それまで耐えれば――
「隊長、僕やり遂げるからね!」
あんたも一緒に縛ってあげる!
「痛ッ!」
思いどおり先に吸い込まれてくれて良かった。
この状況で背後から襲われるなんて思わないわよね。動揺した一瞬、全身の力は一気に抜けて混乱。あっという間に形勢逆転よ。
――!?
「縛られたあげられた気分はどう?」
「ぐっ…」
「私のウルミは伸縮自在なの。念じるだけで動いてくれるわ。しかも縛る力は、あんたの比じゃないって実感できるでしょ?」
この姿ならすぐに抜け出せると思ったけど、その隙間もないな。僕の体に合わせて鞭も縮むなんて。
「このまま見上げていたいけれど、サメの口の中ってのがちょっとね…それに、あの子を捜さなきゃだし、早く脱出させてもらうわ」
「僕はまだ諦めない!」
父さんに憧れて鍛え続けてきた成果をみせてやる―
「“連続頭突拳(ガトリング・ヘッド)!!”」
縛られた状態から体を伸ばした。しかも、太くなったわ!
「へ~、私のウルミに対抗しようってのね!」
思ったより速いけど、十分躱せるわ。
「!?」
「悪いけど、これで終わりよ。変化がないと面白くないわ」
素手で止めるなんて――
「”百連撃(ハード・センチピード”!!!」
「うわああぁぁぁ!!!」
僕くらい細い体で短い足がいっぱい付いた生き物が一斉に押し寄せてきた。見ているだけで吐き気がして動けない。叫ぶのが精一杯だった。
「動いて、隊長!」
「!?」
移動しながらじゃないとバランスが崩れる。そうしてる間に隙を窺うつもりのようね。そうはさせないわ。
「その姿でよく耐えられるわね。気絶しててもおかしくないわ」
その百足たちは幻覚なんだけどね。
「ぐあぁぁっ!」
意識が飛びそうだ…これだけの高速移動にも動じないで攻撃し続けるなんて思わなかった。
こうなったら、最後の力を振り絞って!
「最後に、もう一度だけ縛ってあげる」
「もう、同じ手は通用しないよ――“十一幻影(ファントム・イレブン)”!!!」
チンアナゴは普段、集団で生活してるから仲間の分身を見せるのは簡単なのさ。
「一度にこれだけ数が襲ってきたら対応できないでしょ?」
「何を言ってるの? 確実に一匹一匹を叩きのめすだけよ!」
次は左。その次は右と正面のお腹辺りね。そして、胸元に向かって来るのが一匹で――避けられた!?
「足元に…うっ!」
実体がないから瞬時に姿を消すこともできる。
「いっけ~~~!!!」
奴隷だった頃に比べれば、こんなのは痛みの内に入らないわ。
「はあぁぁぁ~!!」
「残りを一振りで…!」
「あれくらいで怯むとでも思った?」
それなら、あとは僕が決める。
「さて、楽しませてくれたあなたに私からのご褒美よ――“鞭投擲(ウルミ・スローイング)!!!”」
宙に浮いた感覚だけがあって、痛みを感じるより先に意識が薄れていく。
「後は任せたよ、みんな」
かろうじて映る視界の中で、お姉さんが肩で息をしてた。
短剣を突き刺して口をこじ開けることも考えたけれど、刃が欠けそうなので断念。代わりの脱出方法として考えたのがこれよ。
「ゴフォホッ!!」
坊やを喉の奥へ吹き飛ばし、不快感を与えて吐き出させる作戦。
結果的には上手くいったけど…
「腰痛~ッ…何、今の風圧!? 背骨折れたかも」
「我の仲間を、よくぞこんなにも痛めつけてくれたな」
「えっ、ちょっと待って! 私の人捜しを邪魔してるのは、あなたたちでしょ? だいたい、アナゴの坊やは…」
バッコ~ンッ!!!
……ッ!
数秒前の記憶がない。
私は、吐き出される直前に突風を受け、腰に痛みが走った。
でも、おかしいの。
何故、それに上書きしたように声が出せないほど激痛に見舞われているのか解からない。
いつから、私は壁に埋まってるの?
背を突起物で刺されたような嫌な感触を覚えながら、現状把握のために起きたばかりの思考を刺激する。
触手男と脳筋バカの二人と目が合った時、ようやく腑に落ちたわ。
「フッ、どんだけ殺気立ってるのよ…顔面凶器のサメ男さん」
二人の背後に立つ男のモーションを見て確信した。
「準備運動は万全かしら?」
「無論。この程度で怒りが収まるはずもない」
自分が野球ボールにされたことを。
「女だからといって手加減はしないが、覚悟はできているな?」
「えぇ、私もようやく目が醒めたわ」
あの二人は余裕。注意すべきはサメ男だけね。
「私たちも隊長にお供するぞ、アンコウ」
「『お供する』とか可愛くなっちゃて、まぁ…てか、言われなくてもそういう雰囲気だって分かってんだよ!!」
ようやく、俺様の本気が出せる。
「……行くぞ!」
幸いにも手足は簡単に抜けそうね。思ったよりダメージが大きいし、早々にキメる!
「ぬおりゃああああ!――“ぺらぺらパンチ”!!!」
こっちも体の形状をかえられるわけね。紙みたいになれるなんて面白い体質。
「ぐふっ…!」
「躱す気力も残ってねぇか?」
「笑わせないでよ。わざと受けたの」
動きやすなった分、その体の弱点は受けたダメージが大きいこと。
「こうするためにね!」
「ぐあっ!?…おわあああぁぁぁ!!!」
「壁のヒビを広げてくれて助かったわ!」
「お前、どんだけ石頭なんだよ!?」
「最強のヒーロー気取りで正面から殴りかかって来るあんたがいけないのよ」
「まったく、見とられんな――“背鰭走(ドーサル・フィラン)!!!”」
私は奴ほど単純ではないぞ。
「背びれ赤くなって伸びたのは『怒った』アピール? 無口な男は嫌いじゃないわよ」
手元を狙っても、私からウルミを放すなんて無理!
――左頬は?
――右頬は?
――ならば、両脇腹を。
――弾かれてもすぐに振り上げて肩を!
徐々に加速していってる!?
ビュッ――!
ッ――!?
「一撃だけでいいのかしら?」
「ハァ…ハァ…左肩のダメージは皆無ということか? それとも強がりか?」
「こんなのどうってことないわよ!」
流血を気にしているということは、やはり強がりだな。
「我を忘れるな」
「おわっ!?」
足が…爪が食いこんで動けない。やっぱり、気配に気づけなかったわ。
「ありがとうございます。隊長。すぐにトドメを…」
「自分ばっか目立とうとすんじゃねぇ!!」
さすがにキツイけど、ウルミさえあれば――
「”龍竜巻(ドラゴン・ストーム)”!! 全部蹴散らしてあげなさい!!」
「何だ…この地鳴りは?」
「一度退くぞ、アンコウ」
「だから、俺に命令すんなっ!」
ドッゴ~~ンッ!!!
ガッシャ~~ン!!!
ボゴ~~ンッ!!!!
地面に亀裂が走ると、それは魚のうろこの如くたちまち隆起してサメ男の足元を穿つ。サメ男はバランスを崩し、私を解放した。
ドラゴンはそこから顔を出し、天井を突き抜ける。止まることなく周囲を自由奔放に駆け、瓦礫の雨は降り続けた。
「ちょっとやり過ぎたけど、まぁいいわ。戻って、ドラゴン!」
「まだ、諦めんぞ!」
土煙を勢いよく払って飛んできたは沢山の棘が付いた槍。視界に入って一瞬、競り負けた時のことが脳内を過ぎる。
「やっぱり、しつこい男は嫌いだわ!」
ムカついて強引に蹴り返すと、まだ霞む視線の先に三つの血だまりが見えた。
正面から受け、胸に棘が刺さった様子の触手男は、その無数の穴から出血していた。
脳筋男は人の姿に戻って頭部の流血を押さえ、サメ男は瓦でも割るみたいに降り注ぐ瓦礫を容易く砕き続けていたわ。
「戦意は十分ね。仕上げよ」
目を見れば解かった。
私は、瓦礫を蹴ってドラゴンの余韻残る風に身を委ねる。
見下ろす敵に敵を短剣で串刺しに、次にウルミで首を締め上げ、最後は気乗りしなかったけど、銃で巨体を沈めることにした。
殺しきる――これが私のモットーだもの。
*
息を整えて、ゆっくりと歩き出すと自分の足音だけがロビーに響き渡っていて不思議な感覚だった。
「我の弟がずいぶんと世話になったようだな。礼はしっかりせてもらうよ」
一時の安らぎを邪魔してきたのは、崩れた天井の端に立つ新たな三人の敵だった。
「せっかく、いい気分だったのに…まぁ、インターバルは十分だけどね!」
―See You Next