あぁ、風が気持ちいいな~。
全身を通り抜けていく空気が私を包み込んでくれてるみたい。動物の鳴き声が聞こえるけど、だいぶ遠い気がする。まだ、黒い穴の中なのかな?
それにしては、なんかだんだん寒くなって・・・る?
「ぎぃぃぃやぁぁぁ~~~!!!!!! 死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ~~~~!!!」
キョーちゃんパニック!!!!!!
…じゃなくて、なんなのこれ? 確かにスースーして変だとは思ったけども!
「私、こんなの聞いてないよ? 生身だよ!?」
こんなことなら、マントの使い方ちゃんと聞いとけばよかった。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああっ…ぐべばはぶほべあ! いたいたいた痛っ痛~い!!!」
終わった…終わったよね全部?
なんか、いろんなのに引っ掛かって助かったからよかったけどさ。
「どこだろ…ここ?」
動けそうにないから、仰向けまま飛びそうな意識を頑張って連れ戻した。
見上げると、何本も木からピョンピョンって細長い葉っぱが、いろんな方向から生えて日傘みたいに私を覆ってたの。
その隙間から、見たことない鳥さんたちが楽しそうに飛んでるのが見えた。
「うわぁぁ~~♡」
首だけ動かして景色を変えているうちに体の痛みはどこへやら。気づいたら、迷路みたいな叢の中を私は走り回ってた。
分け入っても分け入っても草。あんまり多すぎて前に生えてるデッカイ木に頭ぶつけちゃった。全然気づかなかったんだもん。
鳥さんたちに怒られそうだったから食べなかったけど、木の実って美味しいのかな?
せっかく『味覚』ってのが判ってきたから、今度かじってみよっと。特に、赤くて小っちゃいのが美味しそうだった!
黒鉄さんたちがいた場所と似てるけど、進めば進むほど入り組んでて、ここの方が緑がワッサワッサしてる感じ。奥が空洞になった狭い道を、腰を屈めて通り抜けるたら開けた場所に流れる泉を発見。その光景に見惚れていると水浴びをする動物たちの中の一頭と目が合ったの。
体を黒い毛で覆った、クルクルで先端が水色の角を持つ”死鹿(しか)”に似たその子は水面からゆっくり顔を上げると私に気づいた様子だったから、互いにじっと見つめ合っちゃった。
静かに見つめる角の持ち主さんに笑いかけると、両方の角を淡く光らせて応えてくれた。黄色と水色のコントラストが綺麗なその光は、私を歓迎してくれてるって思っとこ!
辺りを見渡すと、独特な髪型をしたガッチリとした肉付きの子たちもいた。図缶の”迂師(うし)”に似てると思う。面白い髪型もどこかで見覚えがあるんだけど、思い出せないや。ツンツンの子が好き。
「ん~?」
髪型のこと考えたら、ほとりでちょこんと座ってる人影が見えた。
「アホ毛ちゃ~ん!」
人に会えたのが嬉しくて駆け寄ると、
「誰ですかぁ?」
勢い余って、クルってなってるアホ毛を掴んじゃった。
「そこ掴まないでくださいよ。裸を見られるよりも恥ずかしいですから」
「あっ、えと…ごめんなさい。でも、その割には動揺してないよね?」
「……?」
首だけ上を向いて私を見上げたアホ毛ちゃんは、その首を左に傾けて不思議そうにしてる。
「いや、何でもない」
何だろう…この掴みどころない空気感。なんか調子狂う。
「私はぁ、雨宮(あまみや)まりあ。二十二歳です。あなたは?」
「私は神楽坂京子。十七だったと思う。ここで会った人はあなたが初めてなの。よろしくね!」
「はぁい」
「あと、敬語使わなくていいよ。自分に対して使われるのあんまり好きじゃないんだよね。女子同士だから気楽にいこう!」
「……分かった?」
今の間は気になるけど悪い人じゃなさそう。
「まりあって呼んでね」
「うん。私も京子でいいよ!」
立ち上がったまりあちゃんに手を伸ばすと、優しく握り返してくれた。
金髪のふんわりした後ろ髪にカールしたアホ毛がとっても印象的で、落ち着いたまりあちゃんの性格にピッタリだと思った。
「じゃあ、他の子たちも探そう」
「うん。あっ、ちょっと待っ…きゃあ」
「大丈夫? てか、今どこで転んだの?」
前言撤回。
まりあちゃんは、ただのドジっ子かも。
「もう、しっかりしてよ…注意しないと、この先も葉っぱや枝で怪我しちゃうよ?」
「私は一人で治療できるからいいけど、一緒にいる京子ちゃんを不安にさせちゃうねぇ?」
「気にしなくていいよ」
「私が年上なのに」
手を差し出すと、申し訳なさそうに立ち上がりながら、彼女がぽつりと呟いた。
「それより、さっき何て言おうとしたの?」
泉にいたクルクル角君の背中に乗せてくれるように頼んで、渡りきったところでふと思い出した。
ちなみに、言葉が通じないからその交渉には結構時間がかかった。
なんとかジェスチャーで伝わったから「敵意ないよ~」って二人で両手を広げたら、顔を頬にスリスリされたり、お腹や脇をペロペロされたりした。その子なりの確認方法なんだろうけど、くすぐったくって耐えるのに必死だったよ。まりあちゃんなんか、笑いすぎて変な声出ちゃってたからね。
「それがねぇ私、さっき京子ちゃんに会う前に背中にぼわぁって火の付いた”娑屡(さる)”に似た動物に追われてたの」
「”娑屡”ってどんな子?」
ウキッキ~!
「木の上にいて、敵視した対象がふりむ…」
「まりあちゃん?」
右隣にいたまりあちゃんが消えた。
ウキッ!
「――ッ!」
その声に振り向いた瞬間、私の記憶は途切れた。
*
ウキキ?
甲高い鳴き声にパッと目が覚めた。
「あぁ、全部食っていいぜ。俺からの褒美だ」
ゆっくり立ち上がると濃いオレンジ髪の男の人が、川を挟んだ向かい側で、さっき襲われた動物に話しかけてた。
「しかし、お前ホントに俺の言葉が分かんだな。おかげで探す手間が省けたぜ」
「あなたは…」
「おぉ、気がついたか嬢ちゃん」
私の視線に気づいて、笑顔で右手を挙げる。
そして、迷彩服を着た長身のその人は私の反応を見るなり、すぐにおどけた表情に変えたの。
「そう怖い顔すんなって…可愛い顔が台無しだぜ?」
私はこの敵(ひと)を知ってる。
―See You Next