「それでは、さっそく『カレー』作りを始めたいと思います。まとめ役はもちろんこの私、神楽坂京子が担当させていただきます。四人で力を合わせて、クラゲちゃんに美味しい『カレー』を食べさせてあげましょう!!」
キョーちゃんの声が洞窟内に響き渡る。たった今、先ほど見つけたばかりの小さな岩に乗った僕の彼女が、声高らかに調理開始を宣言したのだった。
反響して、正直うるさい。おそらく、戻ってくる時にそこの海岸に居た他所のグループにも、この声は筒抜けだ。
当の彼女は美味しくする秘密があるの、なんて余裕をかましていたが、今のままだと不安で仕方がない。
それと、右手人差し指を天に向かってピンと突き立てているその格好は謎だ。おまけに満足そうに口の端を吊り上げている始末。
見てる方が恥ずかしいので、一秒でも早くそこから降りてほしいのだが。
「じゃあ、まずは作り方から説明するね」
一つ目、と言ったキョーちゃんが掲げていた人差し指を今度は胸の前に押し出して、真剣な表情で説明を始めた。思わず、その目力に圧倒されそうになる。
説明をしている彼女には悪いが、要点を聞き逃さないようにしつつ、『食事』を進めながら、僕は彼女から聞かされたもう一つの話を整理する。本当に情けないが、この島に来て二度目の記憶の穴埋めになる。
もう二度と気絶はしない―僕は、胸に手を当て固く誓った。
*
僕が気絶して二時間が経った頃、この島を崩壊させた張本人・”パピロン”が再び現れて、例の触手で彼女だけにこう伝えたという。
―お腹がすいたので、日本で一番好まれていた『カレー』というものを食べてみたい。ただ、普通に味わうだけでは面白くないので各々のグループでオリジナルのものを作ってもらい、試食会を開いて僕が判定する。開催は三日後の正午ちょうど。場所は、いつもお前たちが集まる海岸だ。全部の『カレー』が集まらなかった場合、用意できなかったグループにはキツイ罰を与える。
官邸に居たクマさんにこの事を伝えに行ったキョーちゃんは、そこで味の決め手とされる『ルウ』というものを渡され、カレーに関する知識とその作り方を伝授されたとか。奴の好みは甘口なので上手く調節しろ、とのこと。
当然ながら、一連の出来事は島中の全員に即座に伝えられた。彼はその時、透明の画面に全員の顔を映し出し、それに向かって喋っていたらしい。
そして、帰って来たら意識の戻らない僕に潤美がキスしようとしていて、事情(※前話参照)を説明。そういうことなら私が適任、ということで話はまとまったらしく、僕は彼女とのキスで目覚める結果となったわけだ。
キョーちゃんが何故その程度の説明で納得して実行に移したのか、未だに疑問ではあるが結論、不本意ながらも僕は二度も救われたのだった。
感謝感謝である。
*
「スー君、手が止まってるよ。『食べる』の疲れた?」
キョーちゃんの声でハッと我に返る
「いや、大丈夫。で、次の手順は?」
「次って…もう材料切ってから、それぞれ別の作業に行ったよ」
呆れ顔で僕を見返す彼女の後ろには、木の板の上に並べられた食材がある。
威野獅子の肉と山菜、潤美たちが獲った魚怪類。そこには、確かな努力の証があった。
「ねぇ、あれって全部潤美が切った?」
「そうだけど? 例のご自慢のナイフで」
どおりで雑なわけだ。
そういえば、さっきまで一緒に居たはずの二人の姿がない。いつの間にか二人きりになっていた。
「てっちゃんは『お米』、姫ちゃんは『鍋』の調達にね! てっちゃんなんか、クマさんと外国に行っちゃった」
「どうやって?」
「さっき、官邸の方見たら二人が手を繋いだって思った瞬間ポンッ、って姿が見えなくなったよ」
「ふ~ん」
クマさんは本当に何者なのだろうか?
「色んな国を回るかもだから、一日帰って来ないって」
「そんなに見つからないものなの?」
「まァ、百年くらい前まで日本の主食だったみたいだし、他所の国で『お米』があるところって少ないみたいね」
そこまで言ったキョーちゃんが、未だ燐胡(りんご)を握ったままの僕に疑いの眼差しを向けてくる。
「急にどうしたの?」
「ちゃんと私の話聞いてたよね?」
「うん」
半眼の彼女に平静を装って首肯してみせる。
すると、キョーちゃんはしばらく僕の目をじっと見つめて、
「ならいいけど」
そう言って、微笑んだ。
「ねぇ、もし手で『食べるの』疲れたんだったら口移ししてあげよっか?」
「いや、やめとく」
即答。
やられたことはないが、その言葉から状況が容易に想像できた。
「そう?」
不思議そうに見つめる彼女だが、しばらくアレのようなことはお預けにさせてもらおう。
「じゃあ、食べ終わったらターザンおじさん起こして『火』をもらって来てね」
「うん」
キョーちゃんが言っているのは奥村さんのこと。出会った時に松明を持っていたので確認すると『火』を操る能力者だそうだ。
「怒らせちゃダメだよ」
「解かってるって」
去り際に振り返った彼女に苦笑交じりで返す。
「そういえば、潤美は一人で行かせて大丈夫なの?」
そこでふと、金髪少女の事を思い出した。
すると、彼女は右手親指をピンと突き立てて
「大丈夫! 姫ちゃんは強いから」
自信たっぷりに断言するのだった。
無人島中央部 竹林地帯―
「こんな場所に人が居るのかな?」
私の名前は名前は吉原潤美。
髪が金色で目は青。
進くんと初めて会った時、お前は外国の人か―なんて聞かれたけど、たぶん違うと思う。だいたい、その人たち自体を見たことがないから、判らないんだけなんけどね。
グループの中では、京子ちゃんに一番可愛がってもらって“姫ちゃん”なんて呼ばれてるけど、自分の見た目は好きになれない。
そんな私は京子ちゃんに言われた通り、『鍋』の材料になるっていう鉄屑(くず)をナイフで集めて、そのままここまで来たんだけど…
「どこまで行っても、緑の棒ばっかりじゃん!!」
もう見渡す限りの緑、って…ここどこ?
「京子ちゃんが嘘つくはずないし、ここでいいんだよね?」
この辺りに鉄製品を自在に作れる人がいるって聞いた。
「ハァ、せっかくここまで歩いたけど、抜けられる気がしない(独りじゃ怖い)から帰ろう。進くんが待ってるし!」
明日でも大丈夫、って自分に言い聞かせて振り返った瞬間―
「待ちな! 金髪小娘ちゃん…いや、金ちゃん」
目の前の緑の棒は真っ二つに折れ、音を立てて倒れた。その余波が私の髪を逆立たせる。
確かにあの時、一筋の斬撃が見えた。
「いい刃(もん)持ってるね、金ちゃん」
声のする方を振り返ると、黒髪の女の人が立ってた。
長身で髪を一つに結った女は、鋭い目つきをしてる。肌が黒いからターザンさんを女にした感じって言えば解かりすいかも。
「あなた誰?」
その人は勢いよく鉄の棒を目の前に振りかざした。鋭い目つきに殺気を感じる。
「今は『アナタが探してる人』ととでも言っておこうかしら」
「ってことは、あなたが鉄おばさん?」
「おば…まァ、名前なんどうでもいいわ。あと、熊田って人から話は聞いてるから安心しな。私の能力を頼ってたくさんの人が集まるだろう、ってね」
一瞬、明らかに動揺したけどその人はすぐに私を睨み返してきた。
「変な呼び方しないでくれる?」
「あなたこそ」
おばさんの顔が狂気に歪む。どう見ても悪い人にしか見えない。
「今、ウチのとこも忙しくはあるんだけど…ちょっと私と一緒に勝負しない? 私、アナタの武器(ナイフ)に興味があるの」
断ったら斬りかかって来そうなんですけど…。
「私の能力は金属形成(メタル・モデリング)。私の『剣』に勝ったら、何でも作ったげるわ!」
愉しそうに笑うおばさん。
ナイフで負けじと威嚇する私。
私たちの間を風が吹き抜ける。
どうやら、決闘(やる)しかないみたい…!
―See You Next